16−13
やりたいと思うことが、多少なりとも窘められて、イウギは少々憮然となった。それとは別に、また“置いて行かれるのではないか”という不安が胸の底をついて、不愉快な気分になっているのも否めない。どちらにとっても、彼の気持ちは顔に正直であった。 そういうことには聡い、この旅人は付け加えるように言った。 「役所に入って調べものが出来るのは私だけですし、イウギさんにはこの宿で待っていてもらうことも出来ますが・・・それではかなり退屈ですよね。待っていただく分には、宿の中でも、第2図書館の中でも同じだと思うのですが・・・」 そうした言葉にぱあっと顔を上げた子供は二もなく 「行く、俺図書館に行って待ってる!」 といった。
日々の日程はこうであった。 まず、宿で朝食を取った後は、イウギをつれて図書館に行く。そこで別れた後に、セルイは国立図書館であり役所でもある中央本館へ行って、イウギの兄のことを調べる。閉館時間は両館とも同じだから、そのころにセルイがイウギを迎えに行き、宿へと戻ってくる。 (折を見て、セツさんにも図書館へ様子を見に来てもらおう・・・) 彼が忙しい時期なのはわかっているが、イウギのためなら若者は時間を惜しみなく割いてくれるだろう。青年は抜け目なく、そのように考えていた。もちろん、第二図書館の司書にもそれとなく根回しはしておくつもりだが・・・ こうなると、青年の行動は迅速だった。その日じゅうに、セルイはセツと、第二図書館の館長以下、司書達にもイウギの事をお願いに回った。その際、自分の身分をある程度まで明かしておかなくてはならなかったが…ここにおいても、彼は危ない橋を渡ったことにはなる。 その間だけはイウギに宿で待ってもらっていた。イウギも借りた本がまだ読み切らないので、それで十分であった。子供というものは、本を読んでその情緒を識(し)るというよりは、文章を(口に出さないまでも)音読して、終着点までたどり着くことに熱心である部分がある。文脈よりも読み切った、という事実が大切なのである。イウギの怒濤のような読書も、そのような情熱によって為された物なので、もともと話の筋を知っている分、本を読み切るのとセルイの帰宅はほぼ同時であった。 「もう読み終わってしまったのですか、早いですね」 お土産のパンをテーブルに並べながら、セルイは感嘆の声を漏らした。つい先日まで、文字を目にしたこともない子供が、ここまでの成長を遂げるとは信じがたい。いや、子供ゆえの発展途上の可能性なのかも知れないが。 「うん、これでもう、明日図書館に行っていい?」 子供はとても嬉しそうだ。 「ええ、そうですね。明日の朝にでも参りましょうか。そういえば、イウギさん。一体どんな話が載っていたのか、私にも教えてくださいよ。」 暖炉の火を強くして、その上にタマネギのスープの入った鍋をかざしながら、セルイも笑っていった。 「うん、いいよ」 この日の子供はいつになく饒舌に、夜更けるまで語り続けた。青年も、子供が疲れて眠りかけるまで、じっくりとその話を聴いていた。
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