16−12
「エレバインの本がもっと読みたい?それはいいですけど、イウギさん・・・」 青年に自分の希望を伝えたところ、彼は困惑気味に妙な顔をするので、イウギは何だろうと思った。 「そろそろ、お兄さんを捜すことを考えませんか」 青年は真面目な顔つきである。イウギは、あっ、となった。 そうだ。自分が彼にくっついて旅をする目的はそれにあったのだ。このところ、いろいろな事件(こと)が起こり過ぎて、肝心なことを忘れていた。 「そうだな、でもどうやって・・・」 言ったところで口ごもる。同じ話題(こと)で、イウギは以前絶望的な気持ちになっていたからだ。 (お兄さんのお名前は?)と訊かれたとき、(さぁ…オーシリス…いや、シーリウスかな。わからないや…)と答えて、青年を落胆させたことがあった。歳はわかっている。生きていればだいたい18歳くらいだ。彼が国を出ていったときは、姉もまだ小さかったから、詳しくは覚えていないそうだが、ただ、王が…父親が彼を国から追いやったのだという事情(こと)だけは聞いて知っていた。その彼が、今はどんな名を名乗っているのかなど、見当もつかない。本来の姓名は、長ったらしいものだから、字(あざな)をつくろうと思えばいくらでも作れる。 そんな事情を、話せる範囲でセルイに説明しているうちに、イウギは実兄と出会える確率など、絶望的であることを感じ取った。 話を聴くうち、セルイも同じ気持ちになったものと見える。それ以降、余りこの話題に触れなくなっていた。もちろん、兄探しを「諦める」とは、絶対に口にはしない彼なのだが・・・ 「手がかりはあると思うんです。年齢はわかっているのですし、それに、」 と言い置いて、セルイはイウギの事をじっと見た。 「?」 「イウギさん達一族の、その容姿です。」 子供はしばらく黙して、徐々に目を丸くした。 (そうだ、彼らは人並み外れて美しかったんだ…) 昨日、イウギの姉の顔を思い出して、セルイか気づいた点である。 イウギの姉が見せてくれた幻の中で、セルイも村の人々の様子をいでたちを目にしている。その感想は「背が高くて」「肌が白くて」「顔はいづれも整い」「髪長く、瞳と同じ渋栗色」…一つ一つは何でもない要素なれど、整合してみるとこれはかなりの特徴といえるのではないだろうか。 役場の台帳には、通行手形を発行するにでも、その人物の経歴や身体的特徴を明記するから、ここからたどれないこともない。もちろん、気の遠くなるような作業ではあるのだが・・・
イウギを側に置いておくことは、却ってこの子を危険にさらすことではないかと、今回の一件で思案し始めたセルイであった。けだし、事情を何にも知らない普通の人に預けるには、あまりにもこの子の持つ宿業は大きすぎる。なればやはり、当初の目的通り、この子の血族を探してあげるのが一番だと・・・セルイは早急に思い始めたのである。 この日の食卓は、よってイウギから聞き出せるだけ、その“兄”についての記憶を引き出す場となった。 イウギの答えはしどろもどろだったけども、子供が知っている事の上限はだいたいわかった。この国において、“彼”の足跡をさかのぼれるのはせいぜい15年程度。戦中の混乱で、この辺り一帯は戦線との境界として非常に厳しい検閲が設けられたため、人の出入りには厳しいのである。そのなかに、上手く“彼”がひっかかていてくれれば・・・青年にとっては淡い期待であったけども、やる価値はある事と思った。いや、それ以上に、彼はこの子供に対してやはり「申し訳ない」という罪悪感を抱いているのだ。 この街に滞在して、市政の中枢に入り浸ることは、決して青年の為にはよくないことであった。それどころか、居ればいるほど、自分の首を絞める事態になりかねないことも、重々承知していた。それでも彼は 「やりましょう、」 といって、強く子供の手を握ったものだった。
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