16−5

「早く、早く!」
珍しくまばゆいほどの陽光の中で、子供は後陣を囃し立てた。
 こぼれる笑みを隠そうともせず、その小さな足跡を青年はたどってゆく。石畳には人特有の細長い影が映っていた。

 少年が目を覚ましてから、しばし、青年はまた奇妙な行動を取り始めた。
 大きな盥に湯を張り、床の上でそれをかき回し始めたのだ。湯の中にはどっぷりと、あの金色の杯が浸かっている。
「イウギさん、こちらに来て手を・・・ゆっくりと浸けてください。」
言われるままに寝台から滑り降りると、用意された起毛の座布団の上へ座った。右手に巻かれた包帯を、くるくると要領よく青年が外してゆく。布が全部はがれたときには、全面に赤く腫(ふく)れ上がった皮膚が露出した。別段痛くはないのだが、表面がガサガサする。水ぶくれの合間からは黄色い真皮が見えていた。
 珍しそうに、触れる指を窘(たしな)めて、青年はまじめな顔で「湯の中に」と言った。
「ゆっくりと肘まで浸けたら、左手でよくすすいでください」
言葉のままに、かがんでお湯をかけていたら、皮膚の表面が滑(ぬめ)ついてきた。
「もっとよく・・・さあ、いいですよ。」
青年がタオルを取り出して、腕を包んでくれた。しっかりと水気を取り、はたいた後には、また元のような白い腕に戻っていた。
「えっ、すげえ…。何これ!?」
イウギは、喜ぶと言うよりは、面白い物でも見たかのように歓声を上げた。
「よかった・・・うまくいって…」
一方の青年は、ようやくの安堵、といった表情でその様子を眺めた。
「なんだ?この水って温泉!?でも、切り傷だってこんなに早くは直らないぞ?」
イウギは改めて盥の中の物を見る。何でもないお湯なのだが、心なしか金色に輝いても見える。腕を入れたときは、本当に心地よくて・・・そうだ、ルツェの町のヤナの泉に手を入れたときもこんな感覚だった。
「さ、今度はお顔の方も洗って…湯が冷めると効果が半減してしまいますからね」
ニコニコしながら青年が促す。言われるままに、顔、肩口も洗って、受け取ったタオルで拭うと、皮膚の違和感も大分和らいだ。うっすらと赤みが残っているが、それでもさっきまでとは比ぶべくもない。
「よかった…あの日の夜、力を使い果たしたので、うまくいくかどうか心配だったのですよ。本当に、直ってよかった…」
この青年の言葉に、イウギはまた内心首を傾けた。


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