16−2

 シン・・・となった寝室の中で、青年は石像のように固い表情のまま子供の眠りを守り続けた。青年は自分が赦せなかった。
 …あのとき、自分がもっと早く「笛」の存在に気づいていれば…。
 感覚が閉じていたとか、病み上がりだったとか、そう言ったことは理由にならない。自分は、確かに取り返しのつかない失態を演じたのだ。
…そうすれば、この子が苦しがって暴れることもなかったはずだ。
 彼は、眠る子供の呼吸を数えながら、その面をじっと観た。包帯と、厚ぼったい脱脂綿が子供の顔を無骨なモノに変えている。中でも顔の傷が一番酷く、治りも遅い。
『この子の顔に傷を負わせたのは、自分だ。』
 確かに聖拭布にくるんで若者に渡したはずなのに、それが外れて、聖水の効果も半減したのだろう。
 そうでなくとも、あの程度の《水》では完全回復は出来なかったかも知れない。青年は自分への腹立たしさに、また顔を歪めた。
 この数日間、彼はそんな風に感情の堂々巡りをしていた。

 森は焼いた。黄泉への入り口も、今度は必ず閉じた。これでもう、あの辺りに災いが起こることはないだろう。
 最悪の事態は免れたのかも知れない。しかし、この目の前に横たわる事実は、決して最良の結果とは言えない。

 静かに眠る、子供の寝台の横には小さな棚机があり、その上にあの小剣も置かれていた。
 この剣を、少女から渡されたときは、目の前が真っ白になった。
 何も考えることが出来ず、何も信じることが出来ず、ただ呆然とその絶望の淵を眺めているだけとは・・・・・・なんと情けない。
 それに比べてこの子は・・・。

 ・・・かつての英雄も、これと同じ物を姫君に渡して、身を守らせたという。だから英雄は、姫が悪竜に攫われた後も、彼女の生存を信じることが出来た。だが、本当に心の強いのは、その姫の方であったのだろう・・・
 あの絶望の闇の中でも、自分を見失わず、生きて自分を待っていてくれた。
「少女を・・・守るために、あの短剣を手放したんですね…。なんて強い人なんでしょう、あなたは。」
子供の前髪を手の甲でそっと払う。涙で視界が揺れる思いがした。
「貴方が生きていて・・・本当によかった。」
心からそう思うことが出来たのは、何よりも神への裏切りで満たされた心に一つの目標が出来たからだ。想いに比例して固く握られる枕の上の拳を、また握り返す“小さな力”があった。魂の共鳴といって差し支えない、その感応。
「セルイ・・・泣いているのか?」


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