16−1
城郭内の舗装は完璧で、狭い路地は坂道を急にする。その戸口の一角が、彼らが仮の住処とした宿の入り口である。 戸口の中に、宿場町にあるような食堂はなく、いきなり狭い階段が上へと続いている。そこを登って、一番の奥の部屋に、彼は薬や食べ物の入った紙袋を抱えたまま入っていった。 「薬、もらってきたぞ。あと、あんたもなんか食った方がいい」 卓上に荷物を下ろしながら、黒髪の青年は窓辺の方を向いた。 そこには片側を固く包帯と綿布で巻かれて眠る子供と、そのそばを片時も離れず見守る青年の姿があった。 「・・・ありがとうございます。村長さんとのお話は…、もう済んだのですか?」 「ああ…、村で面倒見るから残っても構わないといれたが…俺はもう、あそこへ帰るつもりはない」 セツは袋から取り出したジャムのビンのラベルをじっと見ていた。 「この街の工房で仕事口を見つけたんだ。木工玩具をつくるところで、小屋で作っていた人形を見せたら、明日からきていいって」 「よかったですね」 「こいつの…おかげだ」 言って、彼も子供の寝顔を見つめる。その寝顔は安らかだが、顔に張りついた厚ぼったい綿布は、いかにも痛々しかった。 「医者は、なんと・・・」 「もう、快方に向かっているから、あとは化膿にだけ気をつけてって…でも、痕は残るかも知れないと」 そうか、と言ったときの若者の顔はいかにも残念そうであった。何故この子が…、といった苦い気持ちでいっぱいであった。その様子を見ていたセルイが、大丈夫、と言った。 「きっと直します。そのために毎日教会にも通って祈っています。この子を、これ以上不幸にしないために、」 「祈りが何の・・・」役に立つのか、と言いかけて若者は止めにした。殊、この青年に関しては、自分たちの常識は通じないのだと、彼は実感していたからだ。
焼け跡から這い出た彼は、あの広大だった森がすべて灰へと変わっている光景を見た。岩も、木も、すべてが焦げて、消し炭になって風に浚われていた。 自分たちが、あれほどまでに恐れ、苦しめられてきた森の姿はもはやどこにもなかった。いや、ただの一カ所だけ、あの2つの岩が重なり合った場所だけが、無傷で残っており、デオ親子もそこで発見された。彼らの話によると、森は一瞬で青い炎にまかれ、崩れていったのだという。しかしその間、自分たちは全く熱い思いをしなかった、と。 言われてみれば、爆発の中心地にいたにもかかわらず、セツ自身も火傷一つ負っていなかった。あの、醜い肉塊の姿も、どこにもなかった。灰の中から助け出された青年は、手に剣を固く握ったまま気絶しており、二日ほどして意識を回復した。だが、子供の方は、もう1週間も眠り続けたままだ。 これには青年も心配顔で、毎朝教会に祈りに行く時以外には、片時もこの子のそばを離れようとしない。 森林の火事について、役所の調査が入っているので、現場にいた目撃者として、彼らも事情を聞かれている。その際、不便だからと前の宿を引き払って、このケレナの城下町の宿に移ってきたのだった。ここになら、ちゃんとした医者もいる。 「じゃあ、俺は行くよ。工房近くの寮に住み込みになったんだ。荷物をまとめないと」 「はい、ありがとうございます」 「また来る」 そうしてセツが階段を下りてゆく音を聞きながら、青年は再び子供の方へ視線を戻した。子供は昏々と眠り続けていた。
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