15−13
ぼろぼろと崩れ落ちる岩の残骸は、地面まで届くと完全な灰となって散った。舞い上がる埃の中から現れたのは、青白い光を放つ長剣を持った剣士であった。 煩わしい、その光を避けるように、種はずるずると餌をたぐり寄せる。しかし、青年はそれを見逃さない。あっという間に、種の間合いに入り込むと、剣の先で岩を擦って炎を出し、蔦を焼き切った。ぼッっと青い炎が上がり、蔦も、獲物を捕らえていた網も、跡形もなく消え去った。岩場に小さく横たわる、その体を、セルイは左手でゆっくりと抱え起こす。 自分の体を庇うために、右半身を盾にしたのであろう。子供の腕や足、顔は半分、消化液で爛れて血が滲み出ていた。青年は、悔しくて涙が出てきた。 「…。イウギさん…」 名前を呼ばれて、その虚ろな瞳に光が灯る。そろそろと、白い左手が挙がって、青年の頬を拭った。 「セルイ…、来てくれたんだ。俺…いいつけに背いたのに…。ごめんな、ありがとう」 青年は強く首を振る。涙を拭って、再びあの黄金杯を取り出し、水筒の中の水をすべて空けた。 《私の血は、この大地の基(もとい)。涙は癒しの泉。》 そう呟いて、イウギの傷ついた全身に掛けていった。 「セツさん、セツさん!この子を頼みます」 離れているよう命じられていた若者は、名を呼ばれて岩陰から出てきた。赤い布でくるまれた、子供を短剣ごと引き受ける。 「生きて…いるのか。よかった…。」 「その子をつれて、出来るだけ遠くへ。私はこれから、主を焼き払います」 「“主”・・・あれが…」 セツも部屋の中央にある巨大な塊に目をやった。薄い、透明な膜の中で、皮をはがれた鶏のような足が何本も動いている。 「あれが…あんなものに、あんなもののために、俺は…みんなは、犠牲になっていったというのか!」 若者は赤い布を抱く力を強くする。 「セツさん、落ち着いてください!」 青年は、セツの肩を掴んで岩穴の外まで押し出した。 「私がこれから使う炎は、人の目にも毒です。ですから、出来るだけ、ここから離れて、あの岩場まで行ってください。お願いします」 「・・・・・・・・・」 セツは、中央の肉の塊をじっと睨んでいた。が、やがて「わかった。」と言って、青年に背を向けた。その時 ブゥオウウウ・・・ あの不気味な風が走りぬけて、崩れ掛けた天井の岩を揺らした。 ドドド、という音と共に、岩が降り、完全に三人の背後を覆ってしまった。 「【逃がさないぞ!お前達にはここで、あいつの餌になってもらう!】」 キーキーと甲高い、ひどく聴き取りづらい声が天井から響いた。 青年が、声の元を探すと、天井近くの穴の隙間から小鬼が顔と腕を出し、笛を吹かんとしていた。 「うわああああああ!」 と、セツの腕の中の子供が叫んだ。耳をふさいで、苦しそうに暴れ出す。 「イウギさん!?だめです、今動いては…!!」 あわてて青年が抑えようとするが、止められない。セツも、辛そうに片膝を着いた。 「う・・・耳鳴りが…。これは…あのときと同じ…」 えっ…、とセルイは二人の現象を見て、先ほどの小鬼の方を向いた。小鬼はめいいっぱい、肺の中の空気を笛に送り込んでいる最中だった。 (あれが…!) 邪気の元を見つけ、青年は目つきをきつくする。小鬼が気づくよりも早く、天井近くまで跳び上がって、笛の根本を叩き切った。カラン…とまっぷたつになった白い欠片が地面に落ちる。小鬼は驚きおののいて、穴の中へと逃げ込んでいった。 セルイは、その二つになった笛の欠片を拾う。あわせてみると、その穴はいびつで、故意に削られたようでもあった。 「これで…子供の未熟な鼓膜にだけ届くように、調整してあったのか…」 苦い思いがこみ上げる。早く、この笛の音に気づいていれば。しかし、今回の反撃は自分の感覚が閉じていたことが幸いしたともいえる。 「お、おい!主が・・・!!」 セツの声に振り向くと、セルイは今度こそ驚愕した表情を浮かべた。
前へ 次へ
|
|