15−11
「!今、娘の声が聞こえたぞ!?」 先ほどの岩からいくらもこないうちに、デオが叫んだ。 「娘の声が・・・悲鳴のようだった…テナ!」 「デオさん落ち着いてください!居場所が近いのは確かですが、下手に動けば穴に落ちます!確実に主のいる場所にたどり着かなくてはッ」 「そんなもの!どこにあるかわかるものか!!…ここからじゃ、見渡す限り岩と落ち葉ばかりだ。地下から聞こえたんだ…そう、多分、この穴のどこかに…」 そういうと、男は落ち葉の積もった場所へ歩き始めた。 「デオさん!?むやみに動いちゃダメだ!」 セツが止めにかかるのを、男はふりほどいて前へ進む。もはや、正気を失っているようだ。 邪気か!?セルイははっと気づいた。 闇の気配をたどるが、やはり何も感じない。こんなにも、闇の勢力のど真ん中にいるというのに…。 勘さえ戻れば、そもそもセツを案内役に選んだりはしていなかった。闇の気配をたどって、そのまま大敵の元へたどり着ける。そのはずが! 自分の不甲斐なさに、いい加減腹が立つ。セルイはデオを連れ戻すために、駆け出すが、 遅かった。
三人は崩れるように、大きな穴の中へとはまりこんで落ちていった。岩と木の葉がわっと、落ちる中、一行の目の前には大きな闇の口が現れた。 「うっ・・・イテテ。なんだここは?」 穴はそれほど深くはなかったが、土の底は大きな空洞になっていた。左右にいくつもの穴が開いている。その合間をボゥオウ、と不気味な風が往き来していた。 「穴が・・・地下であちこちつながっていたのか。」 「そうですね。デオさん、大丈夫ですか。しっかりしてください」 「ううう・・・」 男は打ち所が悪かったのか、ぐったりしている。血の出る額に布を当て、セルイは再び何かを呟いていた。 「みろ!あれ、あそこに何かいるぞ!?」 今度はセツが叫んだ。あわててセルイもそちらに目を向ける。 見ると、そこここの穴の中から、不気味に光る金の目が無数にこちらを見ていた。 「・・・どうやら、ここは彼らの餌場のようですね。」 青年は動じる様子もなく、若者の前へと進み出た。杯を左手に持ち替え、右手で長剣を抜く。 「…子供を捜しに来た大人達を襲っていたのは、彼らという訳です。セツさん、デオさんを頼みます」 言われて、セツはあわててデオを支えにかかった。 「こいつらが・・・おやじやお袋を…」 若者の目には悔しそうな涙が映る。 穴の中は久しぶりのご馳走に、歓喜に湧いていた。暗闇の中から、醜い猿のような生き物が次々と現れて、鼻と唇のない顔から涎(よだれ)を垂らす。その臭気に、セツは鼻を覆った。 手足としっぽはトカゲに似、むき出しの牙は黄色く、カチカチと音を出す。徐々に徐々に、その猿のような生き物は間合いを詰めていった。 「さがれよ、闇の守部ども!!お前達の腹はもはや満たされない!我らに近寄れば、必ずその首と胴を断ち切ってくれよう!」 突然叫んだのはセルイであった。およそ、普段の青年が発するとは思われない声と言葉遣いであった。それで獣は一時身を引くが、再び襲いかかる体勢に入る。 「くそう、俺にも武器があれば…!」 セツは自分の非力さに歯がみする。 幾ばくかの睨み合いが続いたあと、猿たちは一斉に襲いかかってきた。若者は近くの岩や木の葉を投げつける。それに怯んだ猿は、後方へ一歩退くが、すぐにまた飛びかかってくる。 石を掴んでいる暇がない!セツがそう思ったとき、その獣の胴と首は、離れていた。
ぼとぼとと、難なく地面に落ちるそれは、気がつけばそこら中に転がっていた。一斉に襲いかかってきた猿どもを、青年は舞うような円を描きつつ切り捨てていた。ぶんと、剣を大きく振り終わったあとには、襲ってきた獣は一匹残らず絶命していた。 生き残った猿たちは、恐れをなして暗い穴の中へと逃げていく。あとに残るのは、たくさんの残骸(むくろ)と、それを感慨もなく見下ろす青年であった。その瞳(いろ)は、見たことがないほどに冷たい。 若者は、言葉も継げず呆然とその光景を眺めた。 すると、青年が自分の手にする長剣の刃を、じっと見つめ始めた。刃は、小さく振動したかと思うと、やがて青白く光り始めた。 「・・・小剣の…位置が近い」 そう呟くと、正面のひときわ大きな穴を見やった。 しばらくして、小さな吐息が聞こえはじめ、暗闇の中から青白い光が現れた。 「テナ!!」 気がつくと、正気に戻ったらしいデオが、セツの腕から走り出していた。 「おとおさぁん!」 少女は泣きながら、父親の太い腕にしがみついた。 「お前、よく無事だったなぁ!怪我しなかったか!?」 「うん、一緒にいたお兄ちゃんが助けてくれた!」 これを聴いて、青年と若者は目を見合わせた。 「その子は今どこに!?」 「この穴の、ずっと、奥。テナに刀をくれたの。まだ中にいるよ」 青白く光る短剣を受け取って、セルイは蒼白になった。 確かに…自分が彼に渡した物である。この長剣の兄弟剣。破邪の威力がある。長物は攻撃に使え、小物は守りに使えるという品である。それが、今、ここに… 青年は絶望的な気分になった。
前へ 次へ
|
|