15−9
「まだ…着かないか」 「もうちょっとだ、」 足下に神経を使いながら、三人は不気味な夜の森を進んでいた。木の根づたいに進む足場は不安定で、いつ足下が抜けるかわからない。そんな状況での行進は、予想以上に体力と神経を削らされた。 森の中は、入ってしまえば存外広く、木々の間隔も大きさもまばらであった。まっすぐに伸びた杉の木の枝先は黒く、根は岩場の地面を掴もうと四方八方にねじくれていた。 「こんな所を…、子供達は通っていったのか?」 「子供だから通り抜けられるのです。」 歩幅も呼吸も乱さず、さくさくと進んでいく青年の背中は、しかし彼自身が掲げる炎と同じく怒りで燃えていた。 「我々大人では、すぐに呑まれてしまうような穴でも、子供の体重なら支えられます。だから、より幼い子供ほど、森の奥へと誘われてしまうのです。」 「…俺が、途中の穴で落っこちたのは、体が他の子供よりも大きかったっていう事もあるのか・・・」 セツが、複雑そうな表情で言葉を漏らす。 「そうです。この森の主は、そうやってより純粋な魂を餌食にしてきたのです。」 「“主”だって・・・?」 「主は、この森の奥深くで長いこと眠りについていました。今はまだ完全に目を覚ましてはいませんが、これが覚醒し成長したら、手がつけられません。そうなる前に、子供達を助け出さないと・・・!」 後ろの二人は突然の話に目を見合わせた。 「そんな話…一体、どこで?」 「ケレナの図書館で調べていてわかったんです。ここには、地獄に通じる出入り口があります。大昔に、“邪悪なる意志”が天に攻め入る足がかりとしてまず、この大地、“第三の国”を占領せんがため設けた幾多の門があるのです。ここのはそのうちの一つで、300年ほど前に聖僧会がこれを封じたのですが、おそらく“種播く者”が密かにここに種を残して行ったのでしょう。それが今発芽して、より成長するための養分として人間を餌食にし始めたのです」 にわかには信じがたい話に、二人は目を丸くした。 「そんな話…、急に信じろといわれても…」 「…信じて戴かなくても、忘れていただいても結構ですよ?この土地の悪夢は今夜、私が終わらせます」
「!ここだ。」 セツのかけ声と共に、一行は一時停止した。 セツが指さすその先には、槍のように尖った平たい岩と、臼のようにつぶれた岩とが重なり合っていた。その手前に、大きくたわんだ窪みがある。 セツはその傍によって、窪みの落ち葉の中に手を突っ込んだ。腕は、ずぶずぶと落ち葉に呑まれ、とうとう肩の辺りにまで及んだ。若者はそこから手を引き抜き立ち上がった。 「ここだ、間違いない」 「…森の入り口からここまで、ほぼ一直線でしたね。ということは、子供達がいるのはもう少しあちらの方ということになります」 「急ごう!」 「待ってください、その前に…」 言って青年は、横の岩に対峙した。 「ここを、落ち合う場所にしましょう。子供達を助け出したら、朝までこの岩の下に潜んでいてください。決して、ここから出ないように」 「何故だ?」 「そのまま森を抜けるのはあまりに危険です。また新たな穴にはまる可能性が高い。だったら、ここに潜んで朝を待った方が確実です。待っている間、何があろうと岩の下からでないと約束してください」 「・・・・・・・・・」 二人はしばし沈黙して考えていたが、やがてゆっくりと頷いた。 その様子を見ていたセルイが、岩に向かって杯の中身をぶちまけた。二人はまた驚くが、岩は濡れただけで燃えてはいない。 油じゃなかったのか・・・?そう思って青年の手元を見ると、杯の中身は勢いが衰えることもなく、相変わらず燃えていた。 「では、行きますよ?」 呆然としている二人に渇を入れ、青年は再び歩み始めた。デオとセツも、あわてて後を追う。なんだか、夢を見ている心地だった。 これは、悪夢か、現実か。
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