15−7
夜の街道を、二人は走って進んでいた。 時間を大分食ってしまった。行方不明の子供がもう一人いるというし、これは急がなければ危ない。 先を急ぐセルイに対し、セツは遅れ気味であった。新しい足にまだ馴れておらず、こうして手を振って走るのも久しぶりだからである。そんな彼の右足が、雪の上で何か固い物を踏んだ。 「どうしました?」 軽く息を上げながら、セルイが振り返る。 「ん…。これは…。」 拾い上げるとそれは、きのう子供に渡した小さな木彫りの神母像であった。 「これが、ここにあるということは…やっぱり、あの子はここを通ったんだ。」 ぎゅっと、その固い造形を握りしめる。 ここは街道の逆方向である。あの子の意志でここを通ったとは考えにくい。 「やはり何かに操られて…?」 「ええ、恐るべき呪法です。しかし、子供の失踪は序章に過ぎない。早く食い止めないと、もっと大変なことになります。」 急ぎましょう、と先を促すセルイに、セツも固く頷いた。
ぐんぐん街道を戻って、二人はとうとう葉の茂ったこんもりとした森に来た。別の地方へ向かう、もう一つの分かれ道があるところである。 「ここが…?」 「ああ、灯りを持ってくれば良かった。足下が見えないと、ここは危ない」 「それなら私が持っています」 二人は道ばたから森の中を覗いた。森は道よりだんだんと窪地になっており木の根本は多量の腐葉土で覆われている。その上に、雪が所々群を作って乗っかっていた。 「…ここからでは穴は見えませんね。」 「ああ、天然の落とし穴だ。毎年腐葉土が積もって穴を覆い隠しちまう。縄を使って穴の中に家族を探しに行った者もいたけど、戻ってきたのは縄だけだった…」 ぶるり、と若者は身を震わせる。一見、このなんでもないような地面が、自分たちを苦しめ惹きつけ、寄せ付けもしないという魔性の床なのだ。 「…降りましょう。出来るだけ木の根本に寄って歩きましょう。そこになら、木の根が張って、地は固いはずです。」 そういって、青年は躊躇なくこの黄泉の坂を下りていった。若者もあとに続く。と、そのとき、背後でもう一人人間の影が動いた。
驚いて、二人が斜面を見上げると、それは先ほど二人に詰め寄っていた中年の男だった。 「俺も連れて行ってくれ…娘が…心配なんだ」 彼の顔は蒼白だった。恐怖と、絶望で血の気を失っているようだった。 「デオさん…」 「セツ、さっきはすまなかった…。俺、気が動転しちまってたんだ。お前だって、家族を…みんなこの森に食われちまってるんだよな。俺…」 「いいって・・・」 セルイは、このデオと呼ばれた男をじっと見ていたが、やがて諦めたように首を振った。 「デオさん…。一緒に来るなら、必ず我々のあとを外れないように歩いてください。紐はまだ持っていますか?」 「あ、ああ…」 「でしたら、それをどちらかの足にほどけないようきつく巻いてください。セツさんも、踏み出すときの足は、必ずその洗礼した右足の方からにしてください」 何か深い意図があるのだと察して、若者も深く頷く。二人の顔を、交互に強く見てから、セルイは水筒を取り出して先ほどの杯に注いだ。それを持ち上げ、二本の指を浸して二人に向かって数滴放つと、再び何事か呟いて今度は頭上にかざした。 黄金杯がキラキラ輝いたと思うと、油が入っているのか、ぽっ、と青紫色の灯がともり、森の奥までを強く照らした。しかし、その火は近くで見る分にはそれほど明るくはない。 村人二人は首を傾げた。 「さあ、行きますよ。我々は、セツさんがはまったという穴より、もっと奥に向かわねばなりません。セツさん。アナタが見つかったという穴は、どの辺りですか?」 「それは…ここよりもっと奥だ。あっちの方の」 「そこまで案内してください」 「あ、ああ…」 聖火を掲げ、青年は先に踏み出していた。残りの二人がそのあとを追う。森の中は、静寂と歓喜に満ちていた。
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