15−1

「すみません、遅くなりました!」
すっかり暗くなった宿の廊下から、青年はてっきり相手が居るものと思って扉を開いた。
 だが待っていたのは、しんとなって冷たく冷えた空間だけであった。
「イウギさん・・・?」
寝床や扉の裏にその姿を探すが、見つからない。それどころか、長いことこの部屋には誰もいなかったようである。
(どちらに行かれたのか・・・下の食堂でも見かけなかったし…)
まさか!と、青年は窓の外を見やった。街の浮かれた灯りの先に、真っ暗になった地平線がある。ここからでは明かりすら見えないほどに、小さく閉ざされた村落がある。
 セルイは脱ぎかけていた外套を再びひっ被った。ポケットにあの杯があることを確認し、使わずとも手入れを怠ったことのない長剣を鍔元まで抜いて再び戻した。
 今夜決行するつもりはなかったが、仕方がない。準備不足は否めないが、この身一つでやれないこともない。 すうう、と冷気を吸ったあとの彼の面相(かお)は、普段と全く逆のものだった。


 宿の主に聞いたところ、やはり昼頃に子供は出掛けていったそうである。行き先は聞くまでもない。この時間まで戻らないということは、何かあったに違いない。
「まだあの家に留まっていればいいが・・・」
それは望み薄だった。主は子供の長居を許す柄の人ではないし、そこまで迂闊なことをする子でもない。むしろ迂闊なのは自分の方だ。
(何故・・・なぜ今回はこんなにも勘が働かない?村の異変にも気づかず通り過ぎてしまっているし、子供の様子もおかしかった。あの耳鳴り、あれは単なる山風が起こせる所行ではない。きっと何かの邪気がそうさせているんだ)
それなのに自分は何も感じていない。・・・それはおかしい。
(前回の血裁が異常だったからな…それの影響か。儀礼がすんで、すべて元通りになったと思っていたのに!反動で感覚が閉じていたのか?それにも気づけないなんて自分はなんて迂闊なんだ!)
ぎりり、と歯がみする彼のはらわたは煮えくりかえっていた。彼の唯一の矜持であるはずの聖職者としての自覚が、酷く傷つけられた瞬間であった。
 灯りもなく、月も星もない道を、彼は恐ろしく速い足並みで駈け抜けていた。


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