14−11

「・・・10歳以下の、子供の入国許可証と通行手形ですか?それを発行するためには、保護者かその代理人の身分の保証が必要になりますね」
 髪を夜貝巻きにして後ろにまとめ、金縁の眼鏡をかけた若い女性が、カウンター越しにそう言った。少々、中高年向けぎみではあるその眼鏡をかけているのは、彼女の童顔さを隠すためのものらしい。
「私の入国手形…だけではダメですよね。…これで身分の証明になりますか?」
そういって青年がゴトン、と机の上に置いたのは20cmばかりの短剣であった。その代物に驚いて、彼女は一時身を引くが、再び平静を取り戻してその短剣をまじまじと見るとその顔色が変わった。
「これは・・・。・・・もしかして!」
言うが早いか、彼女は顔以上にお転婆な様子で剣をひったくるように席を立ち、奥の部屋にいる上司に見せに行った。
 やれやれ、といった感じでセルイは不安と安堵のため息をついた。ここからは、あの小さな剣一本が頼りだ。それは文字通り諸刃の剣でもある。・・・何をするにも。
 しばらくして、どやどやと話しながら男女の二人組が出てきた。彼女とその上司である。
「いや〜失礼いたしました。この子は新米なもので、本物を見るのは初めてなんですよ。…あなたは、オックスハイムウェルの騎士団の方ですね?」
「はい、そこの第一部隊に属しています。詳しくは言えませんが、長いこと国をあけていて…戻ってきたばかりなので色々入り用なのです。この手形は、旅の途中で家族を亡くした子供を引き取りまして、この子の肉親を捜すために必要なんです。」
「そうですか、そうですか。いやさすが、騎士団の方は慈悲深くてらっしゃる。書類に必要事項をご記入いただければすぐに発行いたしますよ」
 頭髪が大分寂しくなってきているこの初老の男性は、妙に愛想がいい。その後ろで、緊張しきって身を固くしながらも様子を窺っている彼女とは対照的だ。どちらにしても物珍しいのであろう。
 用紙を受け取って、奥の部屋へ通された彼は、ふう、とまた溜め息をついた。椅子のない、背の高い机の上に置かれたペンと墨壺を取ると、用紙の空欄を埋め始めた。
 本名、性別、年齢、生年月日…その辺はあらかじめ当人に確認しておいたところだが、出身地の欄において、なめらかに滑っていた金のペン先が止まった。もはや消滅した村、それどころか元々地図にすら載っていなかった村の名を、彼は知らない。
 イウギは『第二の故郷』、『はじまり』の村と呼んでいたが、それの意味するところは彼の一族が亡国の民であるということだろう。元々名など無いのだ。
 今考えても、不思議な部落であったが、その正体を確かめる術とてもう無い。やりきれなさと共に、彼は[オリアタの街より北、徒歩で半日間]と書いた。


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