14−10

 セツから貰った小さな木彫りの神女像を、イウギは椅子に座って気恥ずかしそうに手の中で転がしていた。
 考えてみれば、「もう来るな」と昨日いわれたばかりで、それを無視してというよりはすっかり頭から抜けてここまで来てしまった分、歓待されるはずもないのだが、セツはそれ以上何もいわずに、あの丘の上の小さな住まいに案内してくれ、今また貰ってきたばかりの薪でミルクを温めている。
 そんな彼に、何を言い訳しようもなくて、イウギはただ彼が再び食卓に戻るのを待った。
「・・・さっきのはな。まあ、俺は足が不自由だから、秋に薪を十分に集められなくて、木彫りの人形や薬草と交換してくれないか、毎冬、村中に訪ねて回るんだ。」
杖を突きながら器用にコップを二人分、運んできて木卓においた彼は、視線をコップに預けたまま独り言のように説明した。
「時には家の中にまで招いて、いろいろ世話を焼いてくれる振りをすることもあるけれど…大概は最後あんな感じで屋外へおっぽり出される。俺は口べただからな、子供が…自分が行方不明になったときの状況(こと)なんて、うまく説明できない。」
唇が切れていることを忘れて、飲み口に口を付けた彼は、痛みで顔をゆがめながら湯飲みを離した。
「知りたいんだ、みんな。自分の子供がいなくなった時のことを。そしてその結末を。・・・・・・それは俺だって同じだ」
イウギは何も言うことができなくて、逆にコップを口から離さなかった。香りの良い甘い乳の湯気越しに、彼の顔をじっと見ている。
「詮無いことを話したな。」
少しだけ、声の調子(トーン)をあげて、セツは今度こそイウギの方に向き直った。
「大事なのはここからだ。お前、ここまで一人で来ただろう。今後もう二度と、そんな事したらダメだぞ。ここは子供にとって危険な場所なんだ。いや、危険以上の場所なんだ。大切な人に二度と会えなくなっても好いのか?」
飲みかけのミルクを堅く押し込んで、イウギは目を丸くしたまま首を横に振った。
「なら俺の言うことを、よーく聞くんだ。もう二度とここへ来てはいけない。誰かに姿を見られるのも好ましくない。あの旅人にも伝えとけ。ここへ来てはいけないと。下手に疑いをかけられたくはないだろう?」
「でも、セルイは、もう一度ここへ来るって言ってた。俺もまた来たい。」
若者は、今度はテーブルから体を離して子供の視線から顔を背けた。苦り切った表情で首を横に振っている。
「今言ったことを、よーく肝に銘じるんだ。わかったな。わかったら、暗くなるからもう帰れ。」
セツに言葉と態度で拒絶され、イウギはシュンとうなだれた。それとともに、最後の試みとして、若者にこんな事も言った。
「じゃあ、セツ。セツも一緒にこの村を出ようよ。俺がこの村に来ることが良くないように、セツがここにいるのも良くないよ」
若者は目を大きく見開き、何事か口にしかけるが、また元の表情に戻って首を振った。
「俺は…俺はここから離れる事はできない。役所にそう命じられている。この失踪事件が解決するまでは…一生そんなことはないのかもしれないが。
わかったら、もう往け!行かないと、今度は俺が叩き出すぞ!」
そういって、彼は杖を振り上げ、それで殴りかかる真似をした。イウギはガッカリとして椅子から腰を下ろし、戸口の方へ向かった。
「じゃあね…、セツ」
そういって振り返った表情は少し泣いているようでもあったが、青年はそれを見ないようにした。
 ばたん、と閉じられる戸口の音の後には、また静寂だけが訪れた。若者はその中で、じっと思案に耽っていた。


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