14−5

 イウギが村に着く頃には、雪はちらつく程度にしか降っていなかった。やはりここの土地の降雪は控えめというか、はっきりしない。寒いけれども湿度も高くて、なんだか不快な気分にさせてくれる。
 走ってきたイウギは息を切らして、暑いくらいであった。温(ぬる)つく汗と、湿った空気が再び彼を悪気分へと誘(いざな)った。だがそんなことに構ってはいられない。自分がこの土地にいられるのは、ほんの短い間だけであることを、彼はようく知っているからだ。だったら、出来る限り、知り合った人の元で過ごしていたい。前回のルツェの町での体験で、少年はそんな風に思うようになっていた。それに・・・
「なんだか、あいつ…俺に似てるんだもん」
漠然と感じていた思いを、言葉にしてみて、少年は余計に切ない気持ちに打たれた。彼も自分も家族はいない。取り残された・・・ひとりだ。
 逸っていた足を抑え、イウギはとぼとぼと道を歩き始めた。村の歩道には相変わらず人影は無く閑散としている。その上に淡い雪が降りかかる。道は舗装されておらず、地に着くとすぐに溶けて消えた。村内の歩道は地面より1mばかり低くなっており、両脇に石垣と畑がそびえている。その石垣と一体となって家の戸口や階段があり、時には納屋の一部が張り出していることもあった。まばらな一軒一軒の家は固く門戸を閉じ、外からも中からも容易に出入りできないようになっている。入り口近くの軒にはニンニクやらなにかの薬草やらが、意味深げにぶら下がっていた。
 ふと気がつくと、家々の柱には薄汚れた布も巻き付けられている。イウギはこれには覚えがあった。
(セルイ・・・もしかして村じゅうの家にこれをやっていたのか?)
昨夜遅くまで外の様子を見に行っていた彼が、何をしていたのかがようやくわかった。しかし、こんな難儀なことをわざわざして回っていたのかと思うと不可解な気持ちにもなった。
 彼は時折自分には理解できない言動をする。そういえば、彼にはまだまだ訊いていないことがたくさんあった。生まれのことも、家族のことも・・・そして彼自身の体のことも。
 訊こうとは思うのだが、その時になって急に言葉がでなくなる。だから開きかけた口を、少年はまた閉じるしかなかった。まるで尋ねようとしていたことが、とてもとるに足らない小さな事に思えて、すぐに形を見失ってしまうのだ。
 イウギは急速にこの間の嵐の日の事を思い出してきた。一体…あんな病気はあるものだろうか。突然具合が悪くなったと思ったら、また何事もなかったかのように全快する。そしてその間には血が…、たくさんの赤い血が流される。彼は、これは“俺”のものだと言った。俺の…願いだと・・・。どうして彼にそれが分かる、どうして彼がそれを起こせる。考えていけば分からないことだらけだ。けれども、その後の彼の自然な態度と接していると、その疑問もぶつける前に砕けてしまう。まるで問うことを初めから許されていないみたいに。あまりにも普通で、あまりにもこれまで通りだから…
―――いや、訊けば彼は答えてくれるだろう。自分がきちんと問い質せば、彼は素直に話してくれるだろう。それでも、訊けない。聴きたくない。
 一人でいると、どうしようもないことが堂々巡りするものだ。だから一人でいるのは嫌だった。かといって、無理についていって彼の迷惑にもなりたくはなかった。今していることが・・・利口でないこともわかっている。でも、
「夕方になるまでに戻れば間に合うはずだ」
青年は遅くなるからと云って、夕飯代を置いていった。だから、それまでに宿に戻っていれば問題はないはずだ。
 いろいろな不安を首を振ってごまかし、イウギはまた足を速め始めた。セツの居る小屋がある丘は、確か広場を通って左をいったことろだ。そう思って前に出ようとしたところ、いきなり誰かに腕を掴まれた。


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