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セルイにとってもそれは緊張の一瞬であった。 長年持ち歩いていた入国手形を、久しぶりに使うことになるのだ。 ケレナは堅牢な城壁に守られた城下町で、巨大な鉄格子門をくぐって入ることが出来るが、その前に検問所が設けられていた。来慣れた商人や近隣の農民は、いつもの手順でのんびりと中へ入ってゆく。すったもんだするのは、主に身元の知れない旅人である。自分もそんな一人と思われても仕方がなかった。 「ずいぶん古い手形ですね。発行日が5年も前だ」 関の簡易な窓口から、番兵の男が手形と旅人の顔を見比べている。 「はあ…長いこと旅に出ていたもので。その手形、まだ有効ですかね?」 「まあ…出国時の印も押してあるし、このまま入国してもらっても何ら問題はないんですがね…、ただ奥で新規の手続きをしてもらうことになりますよ。期限切れですからね」 「はい、わかっています」 門番が新兵で助かった。もし自分の顔を知っている者に会ったら、少々まずいことになるからだ。大きな町ほど憲兵や兵団員が多い。無階級ならよいが上官クラスに掴まるとやっかいだ。そうならないことを願いながら、セルイは手続きを済ますと都市の内部へと入っていった。
彼がまず訪ねたのは図書館であった。分館も含めて城市内には6つの図書館がある。そのうち4つまでは一般民でも入館可能である。そうそう入館できないのは貴族や教会御用達の特別館と、軍部や政府資料などが保管されている国立館である。後者は都市の役所と一体化しており、施設は地下何層にも及んでいる。しかし、そんなことまで知っている人間は支配階級層の中でもいくらもいない。 彼が訪れたのは一般民でも入れる第3分館である。地元の出版物や郷土資料などが豊富に置いてあり、観光客向けにも広く公開されているので入り易いのだ。 あでやかな絵画や物産品が置いてある売店を抜けると館内は静かで広々としていた。冬のこの時季、観光客の足は遠のいて、都市には住民達しかいない。その上、今時分に図書館にいる人などは家で暖もとれない貧しい人たちが大多数である。中央の広場には巨大な二本の柱があり、その根本で寝ている人々が数名いるだけであった。この柱の裏では暖炉が焚かれて熱風が循環しており、壁に背を凭(もた)れると温かいのである。 セルイはそんな人々の横をすり抜け、館の中でも特に奥まった場所へと足を運んだ。薄暗くて凍えるように寒いところだが、そんなことは気にしていられない。青年は彼が口にした言葉が気になっていた。 『吸血鬼の墓』…。そんな名前の場所は各地にいくらでもあるが、この村の場合はそう簡単にくくっていいようなものでもないように思われた。彼は、重厚な本を手に取ると、雪明かりを得るため窓辺に寄った。 「吸血鬼・・・たしか300年も前に聖僧会が根絶やしにしたはず。それが生き残っていた可能性はあるが、しかし、この場合は・・・」 ぶつぶつと一人言をいっても、ここでは聴く者とて無い。セルイは存分に思案に耽ることが出来た。
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