14−3

 宿に着いてからもセルイは鬱ぎがちだった。窓際の寝台に腰掛けたままじっと何かを考えている風であった。その様子があまりにも真剣なので、イウギはついぞ話しかけられないでいた。そして、ようやく青年が思案から抜けた所で二人は夕餉の食卓に就いた。
「イウギさん、明日からのことなんですが…」
「う、うん。」
フォークに刺した根菜を落としそうになりながら、イウギは答える。
「一度ケレナに行こうと思うんです」
「へぇ、村には…セツの所にはもう行かないのか?」
「いえ、あちらへはまた必ず行くことになるでしょう。でもその前にいろいろ調べておかなければならないことが出てきたんです」
子供は青年の話をまじめに聴いているが、分からないといった風な顔をした。
「それは…村であちこち回ってきて、ケレナに行く必要が出来たって事か?よくわからないな」
「ええ…ケレナはこの国一番の大きな都市です。地域の村々の情報もたくさん管理しています。そこへ行けば、村では聞けなかった詳しい事情なんかもわかると思うんです」
そこまで聞いて、イウギはようやく合点がいったという顔をした。
「わかった、ここや村では分からないことを大きな街で訊いてくるんだな」
セルイは頷きながら笑顔を浮かべたが、またすぐにその顔色を曇らせた。
「そこで…お願いなんですが、イウギさんにはお留守番をお願いしたいんです」
「え・・・」
「ケレナは大きな都市ですが、その分検閲も厳しくて…入国にも審査が必要なんです。私が先に都市(まち)に入って、イウギさんの入国許可をもらってきます。その間、この町で待っていてもらえますか」
子供が一瞬複雑な表情を浮かべたことをこの青年は気づいただろうか。イウギはすぐまた笑顔を浮かべて「うん、待ってる。」と云った。


 翌朝、早々にセルイは町を出発していった。イウギは窓越しにその姿を見送った。
 棚の上には彼が残していった若干のお金がある。イウギはその袋を紐解いて、敷布の上に蒔(ま)けては数え方の復唱にかかった。白い敷布の上で、冷たい金属の平盤はキシキシと音を立てて積み重なってゆく。その中から、まず小さな物をより分け、次に色の付いた物をより分けた。それにも飽いた頃、窓の外を見ると薄暗い雲から雪が降り出していた。
 再び窓のそばによって、その光景を見ていると不意にセツの顔が浮かんできた。顔を近づけた窓に息がかかる。一瞬で白く曇った、その薄い板は、しかしすぐに元に戻るのであった。
 そんな風に刹那的であった、彼の表情は…。一瞬のうちに広がって、すぐにまた元の無表情に戻ってしまう。しかし、その一瞬で見せたあの寂しそうな瞳は、むしろいつまでも心に残って忘れられない。
 セルイもセツも何かを隠している。無意識に、自分には知らせないようにしている。あの村には何かがあるのだ。彼はその渦中にあって、とても辛い日々を過ごしているに違いない。
 事情を知らないにも関わらず、イウギは何度かあの村の雰囲気を経験(みる)ことで、言いしれぬ不快感を感じていた。だから、そんな風にあの若者の境遇(こと)も考えられた。
(セツは足が悪いから・・・あの村から出られないのかな)
そんな風に考えると、ひどく彼が気の毒に思えてきた。
「俺にはセルイがいるけど…セツには…」
雪のせいか、部屋の中は足下から冷えてくる。しばしの沈黙ののち、イウギはドア脇にある上着掛けへと手を伸ばした。彼の事を考えると、居ても立ってもいられない…迷いはしたが、子供はそれを羽織って部屋を後にした。


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