14−1
イウギが目を覚ますと、見知らぬ男がそばにいた。手に小刀を持って、木材を削っている。子供はいぶかしげに男に問う。 「…お前誰だ?」 男は木屑まみれの手を止め、イウギの顔を見た。 「やっと起きたか。お前の連れは今ちょいと出ていてな、俺はお守りだ。…ミルク、まだ飲むか?」 『ミルク』と聴いて、イウギはうっすら先ほどのことを思い出した。 「そうだ…俺、急に耳が痛くなって、目の前が真っ暗になって…」 「風のせいだそうだ。この土地は山野の冷気と、平野の空気がぶつかるところでな。急な変化に耳がおかしくなるらしい」 男は再び木を削り始めた。イウギはぼんやりとその手元を見ていたが、急に思い出したようにまた問うた。 「そうだ、セルイは?一緒に来ていたはず―――」 部屋の中を見回すが、探し人の姿はない。狭くて薄暗い小屋の中に二人きりだ。 「どこに行ったんだ?」 ―――俺を置いて・・・。 複雑な気持ちが込み揚げるが、言いきる前に口を閉じた。 「さあ、知らんな。村の中をあちこち見てくると言っていたが…よせばいいのに」 最後の言葉にイウギは首を傾げた。しかしセツは気にしない様子だ。 心許なさそうにしているイウギに、彼は手振りで部屋の中でも見るよう促した。 勧められるままにイウギが部屋の中を見ていると、その視線は奥の窓辺のところで止められた。窓の手前には小さな棚がしつらえてあり、その上にたくさんの人形が置かれている。像の大きさはまちまちで形も様々であったが、そのどれもが精巧で、じっと凝らせば表情まで見て取れるほどであった。イウギは中でもリンゴを捧げ持った女神の像に見入っていた。
「・・・・・・置いてかれるのは辛いか?」 ふと心を見透かされたような言葉に、イウギは顔を上げて相手の方を見た。セツは相変わらず木を削っている。 「…置いてかれるのは辛いよな。俺もそうだ」 そういうと彼はにわかに立ち上がった。イウギは身構えるが、そんな必要はまったくなかった。 右足が不自由な彼は、片足を踏むように寄ってきて、イウギに木彫りの神母像を渡した。 「魔除けのお守りだ。不出来だからお前にやる。」 「“不出来だから”って・・・」 子供はここに来て初めて、笑顔を見せた。
「すいません!遅くなりました!」 夕暮れも大分近づいた頃、セルイが戻ってきた。イウギは待ちわびたようにイスの上から飛び降りた。 「何処に行ってたんだよ!黙って出掛けられたら、心配するだろうが!」 子供のこんな物言いに、青年は苦笑を隠さなかった。 「すみません…家を一軒一軒回っていたら、こんな時間になってしまって…。お体の方はもう大丈夫ですか?」 「ん…、それはもう平気だけどさ…」 不満そうに口をとがらすイウギを見て、セルイはむしろ安堵の笑みを浮かべたようだ。そうして、そんな二人のやりとりを無言で見ているセツに向き直り、今度は礼を述べた。 「長いことお邪魔してしまい、本当にすみませんでした。…今日のお話も大変参考になりました。後日またお伺いすることになると思いますが、その時には改めてお礼をさせていただきます」 「・・・礼なんて、別にいらねーよ。俺からしてみれば、もうあんたたちはここへ来るべきじゃない。それが俺に出来る唯一の忠告だ。」 セルイはセツの顔をじっと見るだけで、この言葉には頷かなかった。 事情を飲み込めないイウギは、ただただ二人の顔を見比べている。 「それではイウギさん、行きましょうか」 「うん、それじゃあ、セツ。またな!」 そう云って、来た時とは較べものにならない程元気に手を振るイウギに、セツも小さく“ああ…”と答えた。
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