13−9
「・・・・・・俺に何を訊きたい?」 「端的に言えば、この村で起きている異変についてです」 男の手が口元から外される。それと同時に長い嘆息が聴こえてきた。 「俺から話を訊こうとした奴はいくらでもいた…だが徒労に終わった。俺は行方不明者たちの居場所なんか知らない」 「貴方自身は、何を視てきたんですか?」 青年の矢継ぎ早な質問に、男は苦い顔をした。 「あんたは…何者だ?村の者じゃないだろう」 「申し遅れました。私はセルイと申します。この村で起きた事件のことについて調べています」 詮索を、するのもされるのも余り好きではない風のこの男は、青年の姿をじっと見るだけで、それ以上追求する気も起こらないようだった。だから、質問は専らセルイの方がすることになった。 「もう一度お尋ねします。貴方は何を視てきたんですか?」 「・・・憶えていないんだ」 今まで無表情だったセツの顔が、初めて哀しそうに映った。 「あれは4年前のことだ…俺はまだ11になったばかりで、薪運びを手伝っていた。…だが、急な耳鳴りに襲われて意識を失った。・・・・・・いや、ぼんやりだけど、森の中を歩いていたと思う。暗くて、じめじめしていて、夜のようだった。普段だったら、絶対に行かないような場所…『吸血鬼の墓』だ。」 ぽつぽつと語られるその言葉に、セルイの眉がひそめられる。 「吸血鬼の墓…」 「なぜそんなところへ行ったのかは分からない。ただ・・・呼ばれているような気がして…」 膝に置かれていた手が強く結ばれる。 「…で、そうやってうろうろしていたら、森のあちこちにある腐葉土の穴にはまりこんで、岩の裂け目で動けなくなっていたところを、朝になって発見されたというわけさ」 後日他人から聞かされたような内容を、今度はすらすらと並べたてた。そして、セツは意識的に右足を撫でる。 「この足はそのときに折ったんだ。未だに上手く動かない」 「…ご両親は・・・?」 「・・・・・・死んだよ。俺を捜していて、みんな同じようにどこかの穴に深くはまりこんだんだ。俺は薪を背負っていたから助かった」 セツの話し声は余り変わらない。だがそこには、見た目以上に、深い念が込められている。セルイは目を伏せて、その苦みを噛み締めた。 「他の…子供たちも同じように?」 「さあ…どうだかな。冬になると突然姿を消すんだ。で、大人たちは俺を見つけた森で捜索するんだが、次々と森の穴に飲まれてな・・・雪と腐葉土で穴はわかりにくくなっているし、探していて気がつけば一人、って事もあったみたいだぜ。4年前は俺の他に3人の子供が消えたが、大人はその倍以上犠牲になってる。それからは、毎年子供が4・5人消えるが、大人はもう探すのをやめちまった。犠牲になる方が多いからな…」 そこまで聴いて、今度は青年の方が苦い顔になっていた。怒りとも悲しみともつかない表情で、じっと自分の拳を見る。 「・・・あんたは、都市から派遣された調査団の奴らとも違うみたいだな。そういう奴らも何度か来たが、そんなに悔しそうな顔をした奴はいなかったぜ。所詮他人事だ」 今度こそ、男は怪訝そうな顔をして青年に近づく。セルイは握った拳をゆるめて、顔を上げた。 「…私には使命があるんです。危機に瀕している人々を助けるという・・・それを怠っていたかと思うと、自分が許せなくて…」 「なんだか分からないが、あんたがどうこうできるような問題じゃないぜ。役所が何度だって調べたんだ。俺が・・・ここでこうしているのだって、役所の命令だ。村の奴らは…この異変が俺のせいだと云って制裁しようとしたが、役所がそれを禁じた。…俺が唯一の生存者(てがかり)だからな」 そう言って、今度は青年の腕の中のイウギに視線を落とした。 黒い瞳の中で、炎は朱くはねた。
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