13−8

 村のはずれの丘の上まで来たとき、イウギは「あ」と思った。昨日、路地に入る前にちらりと見えたあの家である。
 冬の畑はすっかり雪を被って、その役目を終えている。丘の上は、さらに畑だか野原だったか分からないほどに白くこんもりとしていて、小屋はその中に埋もれてしまっていた。どう近づこうか思案していると、黒い戸口の前からわずかに獣道のようにのびる小径のあることに気づき、セルイは意を決してその道へ踏み出した。
 と、どさっ、と背後から何かが崩れる音がした。驚いて振り返ると、イウギが膝を突いて耳を強く押さえている。
「どうしました!?」
あわててセルイが駆け寄ると、イウギは歯を食いしばりながら、低く答えた。
「…わからない――急に耳鳴りが…」
青年が狼狽していると、にわかに小屋の引き戸が開かれた。中からは、片足をひょこつかせた男が現れて、二人の元へと近寄ってきた。
「どうした」
「連れが…急に動けなくなってしまって」
「耳鳴りだな。寒さにやられたか。早く家に入るといい。今火を焚いてやる」
いうと、男は杖をつきながらさっさと小屋へ入っていった。セルイも、イウギを庇いながらゆっくりとそれに続いた。

「――イウギさん…これを」
赤く火のはねる暖炉のそばで、青年が取り出したのは柔らかなタオルであった。
「これを耳に当ててください。少しは気分が落ち着きますから・・・」
家の主も、温めたミルクを携えてやってきた。
「飲め。体が温まる。」
イウギはゆっくりとそれを飲み干すと、息をついた。セルイもほっとした様子で、主の方を向く。
「すいません…いきなり訪ねてきて…」
「別にかまわんさ、普段は客なんて来んからな」
そういって、どっかりと椅子に腰を据えた若者は、杖を脇に追いやると、ゆっくり目を閉じた。青年は改めてその男の顔を見た。白い肌に黒い髪…背は高いが、その面立ちから察するに年齢は自分より幾分年下に思えた。
「あの…あなたが“セツ”さんですか?」
呼ばれて、男が目を開く。
「そうだが…」
「あの、私、貴方にお伺いしたいことが…」
そう言って、セルイは再び子供の方に視線を落とした。イウギがまた苦しそうに唸ったからだ。
「子供の異変には気をつけた方がいい。特に…この土地ではな。気づいたときには手遅れになっているかもしれんぞ」
「それは、この村で起こっている失踪事件と関係のあることですか?」
深い青色が家主を見つめる。セツと呼ばれた男は、しばらく黙してその色を視ていた。


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