13−7

 村の入り口にさしかかったところで、二人は家畜を連れて歩く男に出くわした。どうやら収穫期に借りてきていた牛を隣村に返しに行くところらしい。背には収穫時にとれた作物や乳製品が積んであり、それか借貸料代わりなのだろう。
 セルイは迷った末に、男に話を訊くために近づいた。
「あの…ちょっといいですか」
男は立ち止まりはしたが、不遜な目つきで二人を睨み見た。
「なんだ」
「この村の異変のことで伺いたいことがあるんですが…」
「余所者に話すことなんか無ぇよ」
そう言ってすぐにまた男は手綱を引き始めた。
 二人の横を通り抜けるとき、男はあからさまにイウギの方を注視したので、イウギはなんだか居心地の悪さを感じて青年の後ろに隠れた。
「なんだよ…感じ悪いな…」
もう大分、二つの影が小さくなってからイウギがそう呟いた。空はすっかり暗くなっており、雪も灰を被ったようにくすんだ色になって、人と牛がその間を歩いてゆく。しばらくそれを眺めていると、上から短な嘆息が降ってきた。
 目を見開いて相手の顔を見ると、彼は力無い笑顔でこう述べた。
「分かっていたことです。先へ進みましょうか。」


 村の中心部まで来たセルイは、再び立ち止まった。何かを探している様子である。それが何かも分からないのに、イウギは同じようにして辺りを見回した。相変わらずこの村の窓という窓は閉じられていて、通りにも人気がない。閉塞的で、陰気だ。
 イウギはその様子に眉をひそめるが、少し、自分のいた村に似ているような感も受けた。余所からの干渉を拒み、異常に『何か』を恐れて、息を潜めている。子供の小さな胸の中に、感傷に似たさざ波が起こり始めた頃である。
「確か、あそこでしたね」
そう云って青年が、小さな坂通りに面した一軒の家に向かって足を進めた。慌てて子供も後を追うと、そこは昨日、唯一まともに話しができた相手の家だった。セルイがやや控えめに、窓の戸を叩く。
 しばらくあって、小さく開かれた窓の奥から顔をのぞかせたのは、やっぱり昨日の女性であった。豊かなブロンドににつかわず、疲れた顔をしている。
「あら…昨日の、」
セルイはゆっくりと会釈をして、出来るだけ相手を脅かさないように、柔らかな口調で言った。
「今日はお話を伺いに来ました。このままでよいので、少しだけお時間をくださいませんか?」
女性は少し首を傾けたが、セルイ自身よりも、周りの様子が気になるらしく、他の家々の方を窺った。
「ここに来てはいけないと言うのに。疑われるのはあなた達の方なのよ?」
困ったような顔つきになる女性に、青年はやはり穏やかな声で返した。
「重々承知です。しかし、このまま見過ごすわけにもいかないのです。」
イウギには何のことなのか分からない。
「わかったわ…でも私に言えるのはこれだけよ。4年前から村で行方不明者が続出するようになったの…それも冬だけに限ってね。それで、いなくなった『子』たちを探すのだけれど、探してた親や村の人たちまでも、次々いなくなってしまったの…戻ってこれたのは…一人だけよ。だから…」
そう婦人が述べた時、奥から赤ん坊の泣き声が響いた。彼女が慌ててそちらの方を向く。
「だから、もう誰もその行方を探そうとはしないわ。余所の人も信用しない。さ、話は終わりよ。わかったら、早くこの村から出ていきなさい!その方があなた達の為よ」
早口で言い終えて我が子の元に戻ろうとする女性を、セルイは再び引き留めた。
「もう一つだけ!その戻ってこれた『一人だけ』というのは…?」
「村はずれの丘に棲んでいる“セツ”という子よ。私は話したこと無いけれど…村の人も倦厭しているみたい。もういいかしら」
「はい。ありがとうございます。貴女と赤ちゃんに幸福のあらんことを…」
青年が言い終える前に、婦人は奥へと入っていった。誰もいない窓辺に、彼は静かに金の硬貨を置く。それは、イウギがまだ目にしたことのない柄だった。おそらく外国の硬貨だろう。
 青年はそのまま立ち去るが、イウギは赤ん坊が泣きやむまでのちょっとの間、窓辺と金貨を眺めていた。


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