13−4

 宿に着いたのは、ほとんど真っ暗になってからだった。町に着くと、先ほどの村の様子が嘘のように明かりが漏れ、町の酔っぱらいが騒がしい音を立てていた。イウギはそれはそれで不快な気分であった。さっきから耳が痛い。
 部屋にはいると青年はすぐにマントを脱ぎ、荷物をおいた。そして、戸口の所で不愉快そうに立っているイウギの耳に手を当て、タオルを取り出して小さな頭をくるんだ。
「ずいぶん冷えてますね…火桶をもらってきます。」
そういうと、戸を閉め廊下の階段を下りていった。
 冷たい空気には慣れているはずなのに、なんだか変だ。頭がガンガンする。イウギは寝台の上に寝ころぶと、自分のマントをたぐり寄せ、少し汚れたタオルをきつく頭に巻き付けた。
 ・・・こうしていると、心が落ち着く。不快な音が遠ざかる。体温が、少しずつ戻ってくる。なんだろう、この感触・・・。
 寝台の上で何度か船を漕ぐような真似をしているうち、体はすっかり温まった。青年が戻ってくる頃には、少年はだいぶ元気を取り戻していた。足下に火桶を置き、大丈夫ですか?と尋ねる彼に、イウギは臆面のない笑顔を返した。
「平気。それよりもおなか空いた。何か食べにいこう?」
それを聴いた青年も、ようやく安堵の表情を浮かべた。

「何か食べたいものはありますか?」
食堂で青年が尋ねたとき、子供は首を横に傾けた。
「別になんでも。セルイに任せる。」
それを聞いた青年は、子供を席に残してカウンターの方へと向かっていった。
「ご注文は?」
カウンターの中から大柄な男が不遜な感じで尋ねてくる。
「小麦のスープとあと、鶏肉のマリネを。私は南瓜のスープに肉なしの温野菜で」
旅人の注文に、店主は少々面倒臭そうに眉をひそめて、調理場の小間使いに指示を出した。振り返ると、注文を終えた青年は、まだカウンターに身をついている。
「まだ何か?」
「あの…東のロッソ村のことなんですけど、あそこで何がありました?」
この質問に、店主は今度は苦笑いをして語り始めた。
「ああ、あの村を通ってきたのか。なにか不愉快なこと、されなかったかい?」
「いえ、そこまでは…。ただ、何か様子が変だったので」
男はにやりと笑って金歯をみせた。
「あの村では、毎年冬になると何人も行方不明者が出るんだよ。それも、毛も生えて揃っていないようなガキばかりがね」
男の言葉に青年は眉をひそめた。それが可笑しかったのか、男はさらに笑って言った。
「まだ、家出するような年頃でもあるまい?それで村の奴らぁ、ピリピリしてるのよ。特にこの時期はなぁー。余所モンなんか、真っ先に疑われるから、まあ、不愉快な思いの一つや二つ、したってしょうがねえって話だ!」
青年は今まさに不快であった。村にそんな重大な異変が起こっているのに、自分が気づかず通り過ぎてきたことに…
 席に戻ってきたセルイが難しい顔をしているので、イウギも不安になった。
「どうした、セルイ。何かあった?」
「いえ、ちょっと気になる話を聞いたもので…」
そういって考え込んでしまった青年に、再び言葉をかけることも出来なくて、イウギはただ料理が運ばれてくるのを待った。


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