12−13
宿に帰ると女将さんがイウギをぎゅうっと抱きしめた。 「最高だったわ!ありがとう。これで夢が叶ったよ!」 イウギは為す術もなく、彼女の抱擁を受け止めながら、意味も分からず頷いた。この服は、彼女が期待をかけて、ヤナイの弟のために作ったものだ。作るのを途中で止めてしまったものを、今回のために手直ししたのだ。イウギはそのことを知らない。 「本当にありがとうねぇ。…あら、その羽は?」 イウギを放して、ようやく彼女は彼の背中に気づいた。イウギは慌てて説明する。 「知らない女の子が…なんだかお祭りに参加しなって、貸してくれた。」 彼女は心得たように頷いた。 「そうかい、そうかい。天使役をやるんだね。昨日いっただろう?大昔の伝説。お祭りでは子供らが、星や天使や賢者の格好をして祭典に参列するんだよ。よかったねぇ、お友達が出来て」 おともだち?イウギはその言葉に眼をパチクリさせた。“ともだち”の意味は知っていたが、自分と同列のそんな存在はこれまでいなかった。その新鮮な響きと関係に、少し心震えるものがあった。 「まあ、でも、祭列に参加するのはご飯を食べてからだね。今夜はごちそうだよ?しっかり食べてからいきな。」
果たして彼女がそう宣言したとおり、今夜はご馳走だった。この日のために、彼女は鳥を二羽もつぶした。「家畜」を知らないイウギは、一体いつ狩りに行ったんだろう?と訝しんだものだ。 そして作り置きのジャムを一瓶開封し、鳥に添えて、たっぷりのイモと、豆を煮て小麦の白いソースをその上からかけた。旦那さんの方は、卵の黄身に蒸留酒と熱いミルクを混ぜて、果実酒と一緒に客に振る舞っている。近所の客が、ひっきりなしに扉を叩いて「グルス・ゴ!!(神に感謝!)」と言っていく。イウギはそのめまぐるしい様子を、ひたすら見ていた。 やがてイウギも知っている人が来た。先生である。彼は土産になにやら樽を一つ、持ってきて机に置いた。ヤナイがすかさず挨拶しに近づく。 「よ、先生!グルス・ゴ!一体何持ってきたんだ?…ん?なんだよ、ただの水じゃねぇか!」 酒かと思って、コップに注いでみたヤナイは呆れたように笑って叫んだ。 「ただの水じゃないよ。一昨日診療所に湧き出た泉の水さ。…実は水質検査をした結果、この水にはまったく毒素が検出されなかったんだ。純水だよ。」 それを聞いて、ヤナイの目つきが変わった。 「…マジ?」 「この土地で、そんな物が湧き出るなんて、奇跡としか言いようがないよね、ホント、」 医者は表情に出るよりはっきりと、感慨深く声に出して言った。 これで、遠くの町から水を買わなくてすむ。それだけでどんなにか経済的な負担が減ることか。それどころか、これからは近隣の村に、これを配ってゆけるのだ。 ヤナイは感嘆のあまり言葉が出なかった。医者は鋭くイウギの存在に気づくと、そのま彼に近づいてきた。 「やあ、二人とも、こんばんは。調子はどうだい?」 先生が“二人とも”といったので、驚いて頭上を見ると、いつの間に来ていたのかセルイの顔がすぐそこにあった。 「おかげさまで、問題ないです。」 にこりと笑むと、青年は医者に皿を一つ差し出した。医者はそれを受け取らず、続けて青年に質問した。 「それは後で戴くよ。それよりも、何か知っているかい?診療所のわきに、…泉が湧いたんだけどもさ。」 それを聞いて、イウギは再び青年の顔を見た。彼は表情を変えず同じ声で言った。 「ええ、あの嵐のお陰で、水脈が一つ出来たみたいですね」 医者はその答えにしばらく黙っていたが、 「…まあ、そういうことにしておくか」 といって渋い顔で笑いながら、今度は青年の皿を受け取った。
「あの“薬井”なんだけど…なんて名前を付けたらいいと思う?」 ローストをほおばりながら、医者が彼に言った。薬井とは、あの泉を指しての言葉だろう。青年は顔色一つ変えず、 「さあ…どうでしょうね。イウギさんなんてつけます?」 と話をふった。あなたが願った泉なのですから…あなたが名を付けてください、そう聞こえたような気がした。 イウギはしばし考えた。 「・・・ヤナ、かな。」 だって、ヤナイのことを思って出来た泉だもの。 「俺の名前かよ!?ほんと安直だな!」 と、横で聞いていたヤナイが吹き出した。まさかに、この町の将来名物が自分の名前になろうとは思っていなかったからだ。 「ふうん、いいじゃない。今日からあれはヤナの泉とヤナの水だね」 「うわ〜まじかよ、こっぱずかしい〜。俺これから一生、それ訊かれんのかな。」 そういいながらも、ヤナイの方もまんざらではなさそうだ。 楽しい夜と、楽しい会話は段々と更けてゆく…。
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