12−12
結局、子供のパートがあるものは、全部歌わされた。歌詞が全く分からないのだから、まわりに合わせ合わせの歌い出しである。正直ほとんど声など出せていなかった。分かる曲は、ほんの数曲。昨日、練習で聴いたあの曲だけである。イウギは女将さんの期待に応えるため、そこだけは一生懸命、自分の声で歌った。 隊が休憩にはいると、イウギは控えの椅子にどっかりと身を投げ出した。真っ赤になった顔が火照っている。教会内には町の敬虔な信者が押し掛け、ほぼ満員であった。その中でずぶの素人が練習も無しに舞台に上がったんだから、揚がらない方がおかしい。 恥ずかしさで顔を覆うイウギに対し、隣に坐った見知らぬ少女が話しかけてきた。 「あなたの歌い方って、変わってるのね?あんな声初めて聴いたわ。どうやったら出せるの?」 イウギは顔を上げて少女の顔を見た。くるくるとウェーブのかかった黒い髪に同じく黒い瞳。それが自分の顔を真っ直ぐのぞき込んでいる。背丈はイウギと同じくらい、小さな頭にぽっちゃりした頬がついている。イウギはその小さな人間を奇異に感じた。それが、生まれて初めてみた自分以外の“子供”だった。物怖じしそうにない堂々としたこの少女。 「どうやってって…別に、普通だよ。ただ声出して歌ってるだけさ。」 イウギの返答に、彼女は至ってまじめな顔をして首を横に振った。 「ううん、あんなの初めて聴いた。普通の人なら出せない声よ。ねえ、どうやったの?」 これを聞いて、イウギはまた顔を真っ赤にした。普通の人には出せない声だって。それって、それって、ものすごく音痴だって事じゃないか!? 再び頭を抱えて話さなくなってしまったイウギを、少女はしばらく見守っていたが、やがて諦めてどこかへ行ってしまった。イウギは、自分が歌を歌うことに対してひどく自粛しようと心に決めた。
聖歌隊ボランティアをどうにか切り抜けたイウギは、泣きたい気持ちで教会の外に出た。 ミサを終了し、信者達は帰途についたり近所の人と思い思いの会話を楽しんでいる。見るとその周囲に、幾人かの子供達が寄り集まって、変わった格好をして遊んでいる。一人は背中に羽根をつけ、一人は額に星を抱き、もう一人は黒い服に黒い帽子を被って仰々しいような格好をわざとしている。 イウギはその奇怪な子供らの様子を、外側からただぼんやりと眺めた。すると、先程教会で話しかけてきたあの女の子が、今度は衣装を着替えて子供達の中に混ざっていった。彼女も背中に羽根をつけ、右手に星のついたタクトを持っている。 子供らは彼女を歓迎した。 「病気が治って良かったね、マーシャ。うちのお父さんも、一昨日元気になって帰ってきたんだよ。」 女の子の一人が、彼女の手を取りおおいに振った。他の子供らも彼女を取り囲んで次々とおめでとう、おめでとうと言っている。マーシャは笑顔でそれに答えながら、ありがとうといった。 それから彼らは、雪の上をぴょんぴょん跳ねながら、先程の賛美歌とはまた違った、子供らしい童謡を一緒になって歌い始めた。イウギは首を傾けながら、その好き勝手な曲調に聴き入っていた。 しかし、その様子をあの女の子に気づかれ、やがて子供らの輪の中に引っ張って行かれた。 「ほら、この子よ。今日聖歌隊で歌ったのは。私と一緒で飛び入りなのよね?」 黒髪の女の子ににこりと笑まれ、イウギは恥ずかしそうに下を向いて頷いた。 「お前、どこんちの子だ?知らない顔だな。」 「名前は?なんていう名前?」 「今日は誰と来たの?」 矢継ぎ早に質問を受け、イウギはしどろもどろした。大人と違って、目線が同じだから顔が近い。息がよくかかるし、瞬きもなく顔を真っ直ぐ見るから緊張する。内心汗だくになりながら、彼はぼそぼそと答えた。 「俺は…ここの人間じゃないよ。宿に、あっちの方の家に泊まってるんだ。だから…」 「この町の子じゃないのね。じゃあ、なんでお祭りに参加したの?聖歌隊に?」 イウギは顔を真っ赤にした。知らないよ!勝手に連れてこられたんだから!そう言いたかったが、言葉にならない。 「だから、仮装の用意も何もしてこなかったのね。この後の祭列に参加はするの?」 このマーシャという女の子は本当に物見高い。こちらの気分などはお構いなしだ。だが、概して子供とは、そういうものだろう。 「わかんない」 イウギは必死になって、自分の思うところを正直に言った。 これからのことも、この後のことも何一つ分からない。自分は何にも知らない。 いつまでも黙っているイウギに、マーシャは一つの提案をした。 「じゃあ、私の羽を貸してあげる!ずっと仕舞ってたから、ちょっと汚れてるけど、これがあれば参列も出来るよ!」 いうが早いか、彼女は負っていた灰色の羽を、イウギの背中にあてがった。 「今回私はお星をやるわ!だって、家に帰ったらママが、あなたは奇跡の星だっていったんだもん。だから羽は、あなたに貸すわ。」 そんな…頼んでもいないのに。そう思ったが、断るヒマもなく彼女は羽をイウギに渡して駆けだしていた。 「じゃあ、お祭りでね!ぜったいつけてきてよ?」 そう言って自分の家に戻っていった。他の子らも同様だ。 ただ、イウギだけが、その場に一人残された。
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