12−11

 …。いつの間にか眠ってしまったものらしい。自分は確かに机に手をついて目を閉じている。だが、どこか遠くで、セルイとヤナイ(いつの間にか帰ってきたものらしい)が密やかに会話をしているのが見えた。
「…眠ってしまいましたかね」
「例の話、あいつにもうしたか?」
「…いいえ…なかなか切り出す機会が無くて」
「…あんたはそれでいいのか?」
「私は…あの子が無事、幸福を掴んでくれればそれで好いと思っています。」
「それは俺も同じだがよ…」
…会話がどんどん小さくなる。二人が自分から離れてゆくのが分かる。なに?なんて言ったの?一体何を話しているの?
 イウギは二人の会話を耳で追おうとするが、体がどうしても起きられない。解離した意識だけが、二人の後を追う。と、その時、魂は急速に体の方へと引き戻された。
「これ!こんなところで寝ていると風邪を引くよ!寝るなら布団の中にしなさい!」
女将さんにたたき起こされて、イウギは自分が窓辺で寝入ってしまっていたことを思い出した。
「ヤナイと…セルイは…?」
「あの二人なら、もうとっくに自分の部屋へ引き上げていったよ。アンタも、もう寝なさい。寝坊助なんだから!」
呆然とする頭のまま、イウギは階段を上らされた。浮遊していた意識が、まだ体にちゃんと定着していないのか、足下がぐらぐらする。なんとか自分の角部屋に辿り着くと、少年は寝台の上に倒れ伏した。…さっき、二人は何の会話をしていたんだろう。あの二人はあんなに仲が良かったっけ…?
 明日、二人に聞いてみようと思って、イウギはそのまま微睡みの底へと落ちていった。

 次の日、階下に降りてみると、女将さんが丁度良かったと近づいてきて、何やら白い衣装を上からかぶせた。
「あら、ぴったりじゃない。」
それは長袖のなんだかずるずるした服で、帽子までついていた。
「なんだい…?これ?」
「今年の聖歌隊のメンバー、子供が少し足りないんですって。あなた歌がうまいから、丁度いいと思って。ねえ、ちょっと歌ってみない?」
イウギは呆気にとられた。いくら何でも話が急すぎる。
「歌うって…?俺が?だって、何にも知らないよ?」
狼狽える子供を全く意に介さず、大丈夫、大丈夫、といって頷いている彼女はかなりその気だ。
「実はうちの子ってば、とんでもない音痴でねぇ、聖歌隊なんて、一回だってお呼びにかかったことがないんだよ。だから、一度で好いから、ウチから一人、出してみたくってねぇ。あんたなら大丈夫だから!」
そう言って、彼女は強引にイウギを教会まで引っ張っていった。ああ…今日はセルイ達に話を訊こうと思っていたのに、とんだ番狂わせだ。俺が人前で歌なんて…、本当の番狂わせになったらどうするんだろう。
 色々なことを言い訳しようとして結局何一つ出来ないまま、イウギは隊の中に放り込まれた。見れば、なるほど 、昨日教会の広場で歌を練習していたあの人達だ。イウギと同じように、ずるずるとした長い服を着ている。楽譜を手渡されて戸惑うイウギに、後ろの女性が優しく声をかけてくれた。大丈夫、繰り返しの調子が多い曲だから、歌詞さえ見ていればだいたい先が分かるわ。
 そう言われたものの、イウギは楽譜の読み方など知らない。この土地の文字だって読めやしない。この場で歌えるわけがない。
 見ると、隊の目の前で、女将さんがキラキラとした目でイウギを見ている。少年は大きな溜息をついた。


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