12−10

 かたん、と彼女が皿を机に置く。その音で、イウギは我に返った。
「上手だねぇ。教会で町の伝説を教えてもらったのかい?」
皿の中には、先程女性たちが作っていた焼き菓子がたくさん入っている。イウギは皿と女将さんの顔を見比べて、ううんぅん、と首を横に振った。
「教会には行ったけど、聞いたのは歌だけ、伝説って?」
きょとんとするイウギの顔が可笑しかったのか、彼女はふふふ、と静かに笑った。
「この町のね。大昔の伝説だよ。ベスレヘムっていうのはほら、町の中央に今立っている塔の上にある星のことさ。本来は教会の教義の一つなんだけど、それとは別にね、お話があるのよ。その昔、一人の賢者が流れる星を追って東の方からこの地にまでやってきてね、この地に星が降りるのを見たと言って、しばらく留まったんだよ。そこで彼は天使の声を聞いてね、その教えに従って穴を掘ったら光る星が見つかったんだ。その星のお陰で人々は随分豊かになったということだよ」
そして彼女は少し声を潜めて、そっといった。
「…星って言うのはね、きっと金のことさ」
イウギは何も言わない。彼女は再び声を元に戻して話を続けた。
「賢者はね、その土地で鉱物の精製の方法を教えてまた西へ去ったということだよ。爾来、この土地ではずっと坑道を掘り続けている。この辺りはそういった廃道がずいぶん多いんだ。素人がうかうかそこへ入り込むと一生出てこれないんじゃないか、っていわれてる。熟練した者だってそうだ。だから道に迷って暗闇に閉ざされたときはね、光を信じて天使のみ言葉を待てば、きっと地上へ出られると信じられているのよ。そうでなければ、あんな暗い穴の中に入っていけるものかね。」
イウギはしばらく考えていたが、やがてうん、といって頷いた。
「わかるよ。暗闇で迷ったときは、信じていればきっと声が聞こえてくるんだ。知ってるよ。」
そういうと、彼女は笑って子供の頭を撫でた。
「そうかい、偉いね。お菓子を焼いたから、食べておくれ。明日はお祭りだからね。」
「お祭り?」
「感謝祭さ。鉱脈を教えてくれた星と天使に感謝し、鉱物の堀方を教えてくれた賢者を讃えるためのね。」
彼女はどんどん積もる窓の雪に目をやった。
「…ここ数年はそんな祭事(こと)も絶えていたけど、新しく鉱脈が見つかったから…。その恩恵への感謝と、これからの操業の無事を祈って、町中でお祝いするのさ。」
ふ〜ん、といってイウギも彼女と同じ方に目を向けた。向いの家からチラチラと暖かな光が漏れている。蝋燭を随分点しているらしい。
「まあ、明日を楽しみにしておいで」
そう言って彼女は準備に戻っていった。イウギはずっとその遠くの光を眺めていた。


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