12−5

 嵐の晴れた翌々日、セルイは退院した。
「まったくもって君は困った患者だったよ・・・」
全快した元患者を前にして、医者はちょっぴり複雑そうな曖昧な笑顔をして見せた。
 それに対してセルイも、苦笑しつつ申し訳なさそうに頭を下げた。医者はまた溜息混じりに言う。
「なんだろうな。僕は奇跡でも目の当たりにしているのかな。診療所が一気に開店休業になっちゃったよ。」
頭をぽりぽりと掻きながら、彼は診療所のほうへ向き直った。そして独り言のように
「まあ、せっかく暇になったんだし?これまで溜まっていた症例のデータでも整理するか。それじゃあ、お大事に。」
そういって再び穴蔵の中へと引き返していった。
 その背中を見送りながら、イウギは内心目を丸くしていた。先生(かれ)が、まさかあんな表情を見せるとは思っていなかったからだ。
 ふと顔を見上げると、青年はもう相変わらずの笑顔に戻っていた。少年はそれを見てなんだかほっとした。
「さ、私たちもいきましょか。」
そういわれて差し出された手に、イウギは嬉しそうに飛びついた。

 宿に戻ると、二人は思わぬ歓待を受けた。退院祝いということで、女将さんが特別に腕を振るったものらしい。旦那さんも自慢の自家製酒樽を一つ、地下室から上げてきてその蓋を槌で割った。
「ほんとにねぇ、元気になって良かったよ」
新客の皿に料理をどんどん盛ながら女将さんが言った。セルイの全快を心から喜んでいる様子である。全く同じ事を、イウギに対しても言った。
「ほんとに良かったねぇ、お連れさんが元気になって…。ずっと心配してたものねぇ…?」
それを聞いて、セルイが俄に子供の方に顔を向けた。ほんとうに、申し訳ないことを…そう、青年が言いかけたのがわかったので、イウギは顔を赤くし、目の前の甘肉に遮二無二かぶりついた。
 この祝いの席の中、不遜な顔をした者が一人いた。ヤナイである。この場にいる誰もが部屋の隅で酒をあおっている彼の憂慮には気づいていなかった。
 食事が一段落する頃を見計らって、ヤナイは青年を部屋の外へと連れ出した。セルイにとっては思いがけない誘いかけだった。


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