12−4

「大丈夫かい!?なんでこんなところに・・・」
医者は驚いた声を挙げると、片手を地面につき、苦しそうに胸を抑えている患者の元へ駆け寄った。あわてて患者の様子を窺うと、青年の顔色は真っ青であった。また原因不明の発作が再発したのだろうか。
 医者の心配そうな言葉にもかまわず、青年はまた首を横に振った。
「・・・大丈夫、少し…血を流しすぎました。乾し肉か、何かすぐに食べられる肝臓のようなものはありませんか?」
再びの突拍子もない申し出に、医者はまた怪訝そうに眉をひそめた。
 診療所にそういう硬いものやすぐに悪くなりそうなものはないので、医者は彼に肝油をふた粒与えた。それを飲むと、彼は見る見るうちに赤い頬を取り戻していった。ようやくまともに診察を受けられるようになった、青年の体にはどこも異常な点は見当たらなかった。医者は不満そうに腕を組んで、椅子の上に反り返った。
「異常なし…と。…。ベッドになにか吐血のような跡があったけど、あれは君かな?」
最後の応酬とでも言うように、医者は批判がましく彼の顔を見た。…しばしの沈黙の後、青年は答えた。
「…はい。でもあれは吐血ではありません。出血ではありますけど…」
医者は表情のないまま青年を見据えている。少し困った様子で青年は目線を落とした。
「…内臓疾患でもないことは、触診と検査でもうわかったよ。でも説明できないんだ。君があんなにも苦しんだ症状の原因が。それにあの血液も。外傷がひとつもないのに、血を流すことが可能なのかい?」
青年はどう説明しようか悩んでいる様子である。医者の顔は厳しい。だが、それは患者への批判ではない。どちらかといえば、何もわからなかった自分への憤りである。これまで医者としての使命を全うしようと努力してきたつもりだった。だがそれが、ここに来て一気に崩れた気がしたのだ。自分は誰一人救えない。
 それがあまりにも悔しくて、情けなくもあったのだ。
「…ごめん。君を責めているわけじゃないんだ。ただ…その、あまりにも自分が無力だとわかったからさ…だから、どうすれば、君の…患者(きみ)たちの力になれるのかが知りたくて…」
固く組んだ腕を解きほぐして、医者はぽりぽりと頭をかいた。30代半ばの彼は、髭髪や眼鏡のせいで老けては見えるが、実はずいぶん若いところがある。それが、ときどき現れるこの厳しい表情だった。彼はそれを無意識に使い分けているが、厳しい表情を見せたとき、それが彼の真剣さが現れたときだった。
 ずっと思案めいた顔をしていたセルイは、ふいと笑顔に帰って言った。
「私の症状は…気に病むことはありません。あれは体質のようなものだと思っておいてください。先生は無力なんかじゃありませんよ。これからは、より多くの人々が、先生の助けを求めてこの地にやってくるでしょうから。」
今度は医者のほうが、困ったような笑顔になった。結局そこに落ち着くわけか…という諦めいた笑いだった。だが、その言葉で、逆に励まされたような気もした。


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