11−10
イウギは今度こそ戦慄の叫び声を挙げた。足の力が抜けて、へなへなとその場に座り込む。体が固まって息もつけない。 彼の目の前には血の惨劇が広がっていた。敷布も、床も、一面真っ赤に染まっている。まるで、イウギが手にしたあの丹粟が、大量にばらまかれているようにも見えた。 頭の芯が痺れて、恐ろしくて、恐ろしくて、その場を立つことも、目をそらすことも出来ない。手をついている床は冷たく固く、じんわりと自分の掌の肉を押しつぶす。 「…い、い、…。」 短く吐き出される息と共に、短な言葉が断片的に飛び出す。 「…い、いやだ。こんなの…、こんなの俺が望んだ…事じゃない…!」 自分が何を言っているのかも分からず、イウギはその骸を眺め続けた。 ・・・そう。確かに彼は消えてはいなかった。消えてはいないかわりに、ただ、血の海の中に横たわっていた。およそ、人が流し尽くしても、足りないほどの血糊の量だった。 そして、身動き一つ出来ない子供を襲ったのは、さらなる恐怖であった。その、恐ろしさのあまり彼は再び絶叫した。 …俄に遺体が動き出したのである。赤い、溶けた蝋人形のようなそれは、むくりと体を起こすとイウギの方を見、やがて手で顔を覆って頭(かぶり)を振った。 イウギはその仕草で、漸くその場から立ち上がることが出来た。
果たして彼は生きていたのだ。 「お見苦しいところを・・・」 そう言って頭を抱える彼に、イウギは何も言うことが出来ない。直立したまま、やはり固まったようになって、全身の汗に耐えていた。 「驚かれたでしょう、いえ…もう、なんと言ったらいいか。忘れてください」 ムリ!!!!! とイウギは心の中で思ったが、やはり声には出せなかった。もう、叫び尽くして普通に話をすることを忘れてしまったかのようだ。 「これには理由(ワケ)があるんですが…こんな状態では話せませんね。イウギさん、お願いがあります。」 そういって、青年はいつもの青い目でイウギを見た。 「顔を濯ぎたいんです。お水を、盥いっぱいに持ってきていただけませんか。」 青年が、子供にまともに頼み事をするのはこれが初めてであった。
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