11−7

 寝床の中で彼は、のたうち回っていた。胸をかきむしり、顔を覆い、悶絶しながらも苦痛に耐え続けていた。
 わあ!と悲鳴を上げれば、その声は雷に掻き消されて形も残らない。この度、最後の苦しみだった。
 何かを生み出すときは苦しいものだ。太古の神は自らの身体を切り刻んで天と地を創ったというではないか。その犠牲の上に、豊饒はあるのだ。
 最期の最後になって、彼はひとこと「何故です…」と問うた。途端に地響きが起こり、大地が割れ、雷霆が走った。後悔と悲鳴と懺悔が湧き起こり、悲しみが人々の頬を濡らした。決して雨だけの所為ではないだろう、大粒の滴を垂らして地面を全体暗くした。
 だがそれらは、泉となっていずれどこかで湧きいでるだろう。そして、失われた分を賄うほどに大地を潤すだろう。自分はその礎となることに喜びを抱かねばならない。
 与えるのだ。望んではならない。

 『私は嵐。

 人が求める水を十二分に与えよう。

 私は与えはするが何も得ようとは思わない。

 私が望むモノなど、何も、ない。』

 私はしばしば多くの物を奪うが、それは私が望んだ事ではない。奪われる方が間抜けなのだ。私と出会ったときは用心したがよい。何かを失っても私を恨むべきではない。ただただ自分の愚かしさを呪うがいい。私を恨む者に、私が何を与えようと、それは、与えたことにはならないのだから。

――どこかで無慈悲な鐘が鳴っている――

 『私は嵐。

 人が求める水を十二分に与えよう。

 私は与えはするが何も得ようとは思わない。

 もし何かを得るとしたならば、

 それは私の最期の安住の地。

 安楽の・・・場所。』


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