11−6
雷の轟音が鬨の鐘の合図であったかのように、その後には雨が槍のように降り出した。この時節にしては珍しい土砂降りの大雨で、その滴は人の肌のように温かく、建物にぶつかるとゆるゆると下に伝って地面に落ちていった。 猛り狂う風が雨を巻き込んで、一軒一軒の家を訪ねるように戸口を叩いてゆく。家主達がおののくほどに、その威力はすさまじかった。 また一つ、稲光が雲を切って空を渡る。数拍遅れて、けたたましい轟音が空気を振るわし、大地を驚かす。 稲妻が銅鼓を叩き、雨風が乾いた呉竹の束を欄干に打ち付けるこの祭りは、鬼か悪魔が音楽を聴かせるように町中に響き渡って吹き荒んでいた。その下では誰もが無力であった。ただただ寄り添い合い、嵐が通り過ぎるのを待つばかりであった。
ガタガタガタと、玄関の木戸が激しく揺れる。しっかりと戸締まりをしたつもりであったが、それさえも突き破りそうな勢いに、イウギは息を呑んだ。 外とは対照的に、家の中は静まりかえっていた。不安とおののきで背筋を冷たくしている子供に、女将さんが優しく手を添える。ろうそくの火が間近でチラチラと揺れた。 「大丈夫だから安心をおし。この家の造りは案外頑丈なんだ。」 いつもの声勢とは比べものにならないほどに、彼女は密やかにそう言った。イウギも静かに頷く。 びしょぬれになって帰ってきた男どもは、奥で服を着替えて、布巾で頭を拭いている。湿気で息がむせそうだった、とこぼすヤナイの上は半袖で、まるで風呂上がりの風体である。暑くて上着を着ていられないのだ。 この時節には考えられないほどに、屋内外の温度と湿度は上がっていた。時季はずれの嵐にしても、これは異常だ。
ガラゴロ、ドドォォーーォン・・・
また一つ、雷が余所へ落ちた。 「山の方へおちたかな…」 音の行方を聞き分けて、ヤナイが静かに呟いた。山、と聞いてイウギは一瞬、身を竦める。丘の上の診療所のことが思い浮かんでドキリとしたのだ。 その様子に気づいたのか、青年が近寄ってきて子供の肩を一度ぽんと叩いてつかんだ。 「心配すんなよ。丘の上っていってもあの辺りは他に木も生えてるし、建物だって丈夫だ。雷がいくつ落ちたってびくともしないぜ?」 にん、と笑って歯を見せる彼の顔を見て、イウギもようやく肩の力を解い
た。 ・・・彼のことは、そう、心配ない。
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