11−5

 実際イウギが口を挟む隙はいくらもなかった。セルイから言われたことを宿のみんなにも分かってもらおうと思い、口をぱくぱくさせていたが、彼の言おうとしたことはみんなこの親子に言われてしまっていた。イウギが驚くほどに、この親子は今の事態を飲み込んでいた。これは、この土地に長く住む者の経験がなせる業である。
 親子が飛び出していった後、自分も何かしなくてはと真っ暗な戸口に向かおうとしたところで肩をぐいと掴まれた。
 女将さんの肉厚な指が頬に触れる。
「おまいさんはここに残っておきな!行ったってすることなんかないさ」
 …なんだろう。前にも似たようなことを言われた気がする。
 イウギは改めて女将さんの方を仰ぎ見た。なんだか不安そうな、哀しそうな、複雑な表情をしている。彼女のこの顔も、どこかで見たような気がする。何処でだったろうと、反芻しかけたところで彼女の気丈な腕がイウギを食堂の方へ押し戻した。
「アンタには家のことを手伝ってもらうよ。まずは戸締まりからだね!」

 外ばかりか、家の中までもが暗い闇に閉ざされ始めた頃だった…。どんなに暖炉や内灯の火を強めても、それは巨大な闇に呑まれてみすぼらしく揺れているだけだった。空気はずんずん重くなり、辺りはいっそう静まりかえって不気味なほどだ。
やれることを一通りやり終えた町中の一家は、真っ暗なこの闇の中でわずかな明かりを頼りに寄り添いあい、お互いを確かめ合っていた。
 小さな光に、人々の心は吸収されてゆく…。この、吹けば消えてしまいそうな、小さな明かりが今は頼りだった。
 多くの人が、町のご意見番の忠告を受け入れて、粛々とその時が過ぎるのを待っている。その状態が好ましいのかどうかも、当の本人達には分からないだろうに、そうしなければならない大きな渦が迫っていることを、実は頭の中で知っている。

 これまで人々は暗い坑(あな)の中にいた。だが、これからはこの小さな光が頼りなのだ。


  しんと静まりかえった夜の静寂に、人々は耳を澄ませる。途端に大きな雷が、天空を一瞬にして白紫びゃくしに染めた。


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