11−3
診察室に戻ると、空気はさらに不穏なものになっていた。いつになく不機嫌なヤナイと、相変わらず表情の見えない医者が、お互いに目も合わさず部屋の二つしかない椅子に坐していた。イウギは短く嘆息をついた。今は喧嘩なんかしている場合じゃない。 「ヤナイ…町に帰ろう。伝えなきゃいけないことがあるんだ。」 子供の言葉に青年は怪訝な顔を向けた。 「伝えなきゃいけないこと…?なんだ、それ?」 「よく分からないけど、大きな嵐が来るらしいんだ。だから戸締まりをして、決して外へ出てはいけないんだって」 彼の意見に大人二人は眉をひそめた。どうも言っていることがよく分からない。 「嵐だって…?こんな季節に?来るなら雪の方だろう。」 「そうだけど、きっと来るんだ!はやく町に戻って伝えないと!」 今度は二人が同じ顔をして子供の方を見ている。ヤナイが近づいて来てイウギの顔を覗き込んだ。 「大丈夫か?お前。なんか、目が赤いぞ。」 今度はイウギが顔を真っ赤にする番だった。 「そんなことは今、どうでも好いだろう!?早くしないと、間に合わなくなるんだから!」 真剣な声に、彼らは再び顔を見合わせた。医者の方もイウギの方に近寄る。 「何か…あったのかい?それは…“彼”に言われたことなんだね?」 むすっとしながらイウギは頷く。ふむ、と言ってから医者は青年の方に向かって言った。 「今日は、この子の言う通り帰った方がいい。もう大分遅いからね。引き留めて、悪かったよ。」 ヤナイはこの後、医者が直接“彼”に話を訊く積もりなんだと得心した。だから何も言わずに、イウギの方を顎で促した。そういうやりとりは、この二人にとって頭で考えるよりも自然なことだった。
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