11−1

「さて…なにがあったのかな?」
診察を終えたらしい医師が、器具をトレイに戻しながら訊いた。未だに憮然としている患者は、医者の顔を見ずに答える。
「お袋と…ちょっとな。はじめはあのガキの…小遣い稼ぎのことで喧嘩になって。それがじきに鉱山での仕事ぶりの小言になって。つい…切れちゃったのかな。いくら掘ったって無駄なんだよ、って言っちまった。親父も聴いてるってのにさ。」
はぁあ、自分が嫌になるぜ。そう言って、のけぞると彼は言葉を切った。
 医者はしばらく沈黙していたが、話題を変えるようにこういった。
「身体の方は異常はないね。口内炎も…一時的なものだろう。だけど、今まで通り食べ物には気をつけて。とくに飲み水はね。経済的に多少厳しくても、離れた場所の水を買った方がいい。」
「ああ…」
相変わらず不機嫌そうな彼は、普段と別の意味で礼儀を欠いていた。こういう所は若者らしい。
「…それで、君たちはあの子のことをどう思っているのかな。見たところお客以上の待遇のようだね。」
今度はヤナイも先生の顔を見た。何度も目を瞬かせている。
「なんだよ先生…。らしくない質問だな。俺達があのガキをどう思ってるかだって?そんなの…客以上のなんだっていうんだよ。」
この言葉に男は首を振った。客以上の…家族のように接してはいないかと、彼は言っているのだ。
「君たちの家計だってそう裕福なものじゃない。余計なトラブルは引き受けない方が身のためだと思うよ?」
男の言葉に、ヤナイは怪訝な顔をする。明らかに不快の念を呈していた。
「なんだよ…トラブルって。それに、俺ンちの家計のことなんて、医者の先生に言われる事じゃないね。余計なお世話だよ。」
本来こんな事を言うのは医者の本分から外れている…そんなことは百も承知だ。だが料簡違いを覚悟で男は言い放った。
「それは分かってるけどさ…。君たちの方こそ分かっているのかい。あの子は君の死んだ弟ではないんだよ?」
その途端にヤナイが丸椅子を倒して立ち上がった。地雷だったようだ。
「それこそ医師(あんた)にいわれるこっちゃねえや!当たり前だろ!?いくら、年格好があの位だとしても、あいつは赤の他人だ。そのくらい分かってるよ!」
若者の激昂に、医者は顔色一つ変えない。冷静な口調のまま忠告を続ける。
「…ならいいんだけど。あんまり執着しすぎると別れの時辛いよ。」
ふん、といって青年はまた椅子に腰を落とした。面白くなさそうな表情だ。
「わかっているさ…そんなことは。」
そっぽを向いた状態で、ポソリとそんなことを言った。


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