10−11

 このところよく夢を見る。暗闇で見る夢なので、夢ではないのかも知れないが。
 そこでは誰かが名前を呼んでいて、何故だとずっと問いかけている。ああ、そんなに泣かないで。君を悲しませる気なんて更々なかったんだよ、本当に。でも…君を残して去る自分を許してね…。
 体の中のマグマが対流している。出口を探して彷徨っている。最後の出口を堰き止めているのはなんであろう。何が自分に足りないのだろう。

 再び扉の開く音がする。誰かが入り口のところでたたずんでいる気配がするが、入ってくる様子がない。誰…?と問うと、消え入りそうな声が返ってきた。
「俺だよ、…セルイ。」
青年は今度は目をしっかりと開けて、上体を起こした。体が重い。まるで体重が二倍にも三倍にも膨れあがっているようである。実際そうなのだろう。
 慌てたように、小さな足音が駆け寄ってくる。
「起きられるのか!?…いや、無理しない方が。」
「痛みは…もうあまりないんです。ただ、動くのは…やはり辛いですね。」
へへっと力のない笑いをすると、青年は子供の顔を見た。
 ・・・なにか、辛そうな表情をしている。一体この子に何があったのだろう。セルイはそれが聞きたかった。
「・・・イウギさん、今何を思っています?」
えっ…と小さな声が漏れて子供は黙った。セルイは目を見開いた。
「あなたの…今の願いはなんですか?」
自分でも意外な質問が口をついてでる。だが、驚きよりも真剣な気持ちが先立って、セルイは答えを促した。
「俺の…願い…。あの、あのね。ヤナイが…世話になっている宿の人間が…どうも、毒に冒されたらしくって…。」
子供の声はくぐもっている。自分の気持ちをなんとか説明しようと必死だ。
「センセイが言ってたんだ。この土地には毒があるって。で、それで病気になる人は、最初は口内炎で…悪くすると失明したり歩けなくなったりするらしいんだ。最初聞いたときは…実感わかなかったんだけど、ヤナイがそうなりかけてるって聞いたら…急に、怖くなって…」
子供はわっと泣き出した。
「セルイどうしよう。ヤナイが死んじゃったらどうしよう。宿の女将さんや、親父さんが病気になったらどうしよう。昔はそれで、囚人が全員死んじゃたんだって!!」
わああ、と声を立てる子供を、青年は優しく慰めた。
「…分かりました。この土地の毒を取り除く…それが貴方の願いですね。この町の人が、毒で苦しまなくていいように…私もそう願いましょう。」
膝の上で泣きじゃくる頭をそっと撫でる。他人のために泣ける…その純粋な気持ちが自分には足りなかったのかも知れない。儀式を通して、ずっと世界の浄化を願ってきたと思ったけれど、いつの間にかその願いが薄れてきていたのかも知れない。
 大丈夫。今度はこの子の願いも一緒だ。


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