10−10
「ああ、やっぱりここにいたのか。川にいなかったから探したぜ。道具だけ帰ってきてるしよ。」 憤懣ぎみのヤナイに対し、イウギはきょとんとした顔をしていた。 「うちのガキねぇ…この子は君の所のお客じゃないのかい?」 もう一個、コップを出しながら先生が茶々を入れた。言葉に特に深い意味はないらしい。 「最初はそうだったけど…いいじゃねぇか、別に。お袋が心配してんだよ。帰るぞ、オラ。」 「ああ、怒らないであげて。引き留めてたのは僕なんだ。“彼”に会わせてあげたくて。」 憮然としているヤナイに医者は顔も向けずにカップにお湯を注いでいる。イウギは呆気にとられて、二人の顔を交互に見た。 「先生、そんなこと言えるわけないだろう?こいつはここの場所、知らないことになってんだから。それに、そんなこと言って、またお袋の印象悪くさせたいのかよ。」 僕は別にかまわないけどねぇ、そう言って、医者は新しい飲み物に口を付けた。今度は紅茶だ。 はぁあ、やってらんねえぜ、と青年はぼやいた。ヤナイにしては珍しく、機嫌が悪いようだ。イウギの丹粟取りのことで、女将さんに何か言われたに違いない。それだけでもないようだが。 そんなところを察しているのか、先生はのんびりした所作で紅茶を勧める。 「まあ、少し飲んでいきなよ。温まるよ。君にも話があるんだ。最近口内炎が酷くなってきてるんだって?」 そう言われて青年は頬に手を当てた。 イウギは急速に何かに思い至った。現実を見た気がした。 「イウギ君、だったかな。もう一度彼に顔を見せてくるといいよ。ヤナイ君はもう少しここにいるから。」 気を利かせてくれたのか分からない。先生はイウギを診療室から遠ざけるようにセルイの部屋へと向かわせた。 それがありがたいのかどうかも子供には分からなかった。ただ、分かってしまったことがどうしようもなかった。 暗い廊下を抜けて扉を開く。
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