10−8
扉を押し開くと、中は思っていたよりも暗かった。ここの窓は南向きの小さな窓が一つしかないから、西からの光は入らない。そのせいであろう、視界がぼんやりしていた。 「セルイ…俺だよ。」 後ろめたい気分で寝台に近づく。一日会わなかっただけなのに、心が妙に重たく感じるのは何故だろう。彼の顔を見るのが怖い。 「イ…ウギさん…ですか?」 かすれた声がして、暗闇に白い指があらわれた。寝床から伸ばされた腕をしっかりと掴む。 「そうだよ、ごめんな。会いに来なくて。」 掴んだ指先は恐ろしく冷たくて、しかし手首のあたりから下は熱湯をかけたように熱い。暗くて顔色は見えないが、健康な人の温度では決してない。 「…いいんですよ、そんなに気に病まないでください。私こそ…イウギさんには申し訳ないことを…お兄さんを捜すと約束したのに、こんな事になってしまって…」 「いいんだよ、もうそんなことは。とにかく身体を治すことだけ考えていてくれ。俺に出来ることなら何でもするから。」 手を握る力が強くなる。セルイはその圧力を感じながら、また安らかな気持ちで眠りについた。 イウギは窓の外が暗くなるまで手を握っていたが、セルイが眠ってしまったことに気が付くと、音を立てないようにその場を退室した。
部屋に戻ってきたイウギを医者は全く同じ体勢で出迎えた。 「話してきたかい?」 「うん…ほとんど何も会話できなかったけど、声は聞けた。」 恍惚とも消沈ともとれない表情で、イウギはまた丸椅子に座った。なんだか自分がしたかったことが分からなくなった。 「そうか。彼、このところ寝てる時間が増えてきててね。発作…というのかね、痛みみたいなものは和らいだみたいなんだけど、君が初めてここに来た日にね。」 イウギは顔を上げて、医師の方を見た。 「昨日またちょっと苦しげになって、薬を使おうか直前まで迷ったよ。でも、大丈夫だったみたいだね。」 相変わらず原因が不明なので、医者は溜息をついた。その様子を見ていて、イウギが俄に思いついて言った。 「ねえ、センセイ。薬…なんだけど、やっぱりセルイの言うとおり使わないでいてあげて。セルイが駄目だっていうんなら、やっぱり駄目なんだと思うんだ。」 真摯な目を表情のない眼鏡で見つめ返す。怒っているのかあきれているのか分からないそのレンズには相手の顔が映っていた。 「…ふぅ、医者って無力だよ。こんな小さな子供に諭されるなんてね。わかったよ、出来る限り薬は使わないでいてあげる。薬だって毒になることがあるんだし、当人が駄目だというんなら、やめておいた方がいいこともある。」 この言葉にイウギは安堵の息をもらした。ヤナイの言う通りだ。この先生は、話せば分かってくれる人だ。 その時、不意に引っかかる言葉があったのを思い出した。 「ねえ、センセイ。さっき、この土地の毒が病を起こしてるって言ってたけど、それってどういうことなの?」 「ん?ああ…そうだな。僕の研究課題でもあるんだけど、鉱物中毒って言うのかな。」 医者は机の上にどっかり置かれた、古い本を手に取った。
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