10−7
「ここは…神に見放された土地なのかも知れないな。」 ぼんやりと湯気の立つコップを置くと、医者は腕を組んで専用の椅子にふんぞり返った。なにやら憮然とした表情である。 「こんな貧しい町、世の中にはいくらでもあるだろうけど、それでも楽園とは呼べない、そうだろう?」 イウギには答えることが出来ない。 「ここは呪われた土地だと言われてる。その所以、教えようか。ここには…重病で苦しんでいる人々が大勢いるんだ。町の人は…家族ですらもここには近づきたがらない。…それほどまでに重い症状なんだ。」 そういうと、医者は無意識に爪に力を入れた。 「はじめは口内炎、厭光、それから嘔吐や下痢、発汗と続いて…終いに失明や神経関節痛が襲う。痛みで歩くことすら出来ない者もいる。生まれたときから肢体がねじ曲がり、人の形ですらない者も、ここにはいるんだよ。」 イウギは女将さんの言葉を思い出した。まともに産んであげられなかったって、そういうこと? イウギは医者の背後の壁を見た。あの壁の向こうには…そんな人たちが寝ているんだろうか。…先程から背筋がぞくぞくする。寒いわけでもないのに。体が沈んでゆく感じさえする。なんだろう、この重圧感は、胸が詰まる。 「それでも彼らは生きなければならない…死ぬまでね。そんな彼らの希望って、なんだと思う?」 イウギは目を見開いた。…希望? そんなのすぐには思いつかない。そんな目に遭ったことがないのだから。身体が治ることかな…でも、それは実現するのは難しそうだ。なんとなくセルイの顔が浮かんだ。 「僕は…家族に慈しまれる事だと思うけどね。不幸を一手に背負わされて孤独で死んでゆくなんて…その人の業だとしても酷すぎるよ。しかもそれは、本人が悪いんじゃない…土地がそうさせる毒なんだ。この土地の呪いを…彼らは一手に引き受けて居るんだよ。そんな彼らに誰かがひとり、側についててやれば、その人の魂も救われるんじゃないかな?」 じっと、先生の黒い瞳に見据えられて、イウギははっとした。 ここに来て、先生のいわんとしていることが分かったような気がする。患者を独りにして置いてはいけない。絶望にうちひしがれている人たちを放っておいてはいけない。 ずっと黙って聞いていたイウギは、俄に奮い立った。 「センセイ…俺、セルイに会っていいのかな。怒ってないかな。」 「ああ、いっといで…彼もそれを望んでいると思うよ。」 そう言われて子供は駆けだしていた。医者は少し冷めてしまったミルクに再び口を付けた。
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