10−6
扉を叩くと先生が顔を出す。 「やあ、君かぁ。」 出迎えも定型化してきた。 「あの…セルイの具合どうですか?」 昨日よりは少し落ち着いた心持ちで、もじもじしながら様子を聞く。 「うん…相変わらずだよ。会っていくかい?」 その言葉にイウギはまた、なんだか気後れした。 「うん…いや、今日もいいや。お金を持ってきただけだから…」 そう言った時、表情のない眼鏡が一寸非難がましく映った気がした。 「なにか、用事があるのかい?」 「え…そんなことはないけれど…」 イウギは明確な理由を言えなかった。ただ気まずくて会えないのだ。その辺を巧く言えなくて言葉があやふやになる。 「ただ…なんとなく…」 「用事があるわけじゃないんだ。ならとりあえず、お入りよ。彼に会いたくないなら会わなくてもいいからさ。」 この人にしては辛辣な語調に、イウギは断ることが出来なかった。 言われたとおりに扉の中へはいると、先生のオフィス兼診療室に通された。患者用の丸椅子に座らされ、紅茶とミルク、どっちが好い?と聞かれる。 “紅茶”がなんなのか分からなかったので、ミルク…と答えると、医者は奥の暖炉の上に鍋を置いた。熱が伝わってミルクはすぐに沸騰する。膜が出来る前に、医者はコップに移し替えた。 イウギの前にコップの片割れを置くと、自分も専用のコップに口を付ける。 イウギは黙ってその様子を見ていた。なにか、叱られるんじゃないかという気分になっていた。 「随分体温打が下がっているみたいだからね。それを飲んで暖まりなよ。」 口を付けたままの格好で、医者が言うと、イウギはおそるおそるコップに手を伸ばした。陶器の表面が非常に熱く感じられる。まるでその中にマグマが納まっているようだ。 「どうして、自分を…」そう言いかけてやめにした。やぶ蛇になるのが分かっていたからだ。後ろ暗い事がある時は、自分から言わない方が吉だ。 そんな様子を、医師は判じるような目で見ていた。やがて手にしていたコップを机の上に置くと、こんな話をし始めた。
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