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宿に戻ると、女将さんが自慢の手料理を前にして待っていた。 「随分遅くまで外で遊んでたんだね。一体何してたんだい?」 イウギの帰りを待って少し冷めてしまったことが残念なのだ。示された椅子に座りながら、イウギは答えた。 「うん…川でちょっと。ねえ、女将さん。“たんぞく”拾うための道具って貸してもらえない?」 子供が知るはずのない単語を聞いて、女将さんの眉がひそめられた。横でヤナイが「あ、この馬鹿、そんなの俺に頼めばいいのに」と小声で言っている。 息子の方に鋭い睨みを利かせてから、彼女は困ったような口調で子供に言った。 「川の中に入ったのかい?寒かっただろう。今の時期は無理だよ。もっと暖かくなってからでないと。」 「駄目なの…?」 「駄目っていうかねぇ…」 「好いじゃねぇか、お袋。こいつのやりたいようにやらせておけば。」 「アンタは黙っとき!」 助勢しようとしたヤナイが、女将さんの一喝で首をすぼめる。イウギは不安げな顔つきになった。 「女将さん…、俺どうしても“たんぞく”集めなきゃいけないんだ。お願い、道具を貸して?」 「弱ったねぇ、またこの子(ヤナイ)が余計な入れ知恵したんだろう?冬に川の中へ入るもんじゃないよ。風邪ひいちまうよ」 「どうしても?」 女将さんは苦り切った顔で唸っている。イウギは嘆息ついた。 女将さんにその気がないのは明らかだ。道具を貸してもらえない以上、また手作業で探すしかない。 「ごめん…ありがとう。」 そういって、席を辞すと自分の部屋へと上がっていった。 彼女はその子供の姿を複雑な表情で見送った。それとともに、息子に鋭い視線を投げる。 「アンタが余計なこと言うから!!」 振り上げられた拳から逃げるように、ヤナイが身を引いた。 「それは認めるけど!!でも、“銀朱”探しはあいつの意志だぜ?放って置いたって独りでやるだろう。昨日も今日も川で探してたんだ。」 女将さんは拳を地に降ろした。う〜ん、と腕を組んだまま考え込んでいる。 ヤナイはこれは脈、アリだと思った。
翌日イウギが階下に降りてくると、戸口の所に首から掛ける紐の付いた笊(ざる)や篩(ふるい)、スコップなどが置かれていた。イウギは驚いて食堂に駆け込んだ。 「あれ、借りていいの!?」 朝の挨拶も忘れたイウギの第一声に、女将さんは溜息をついた。余程喜んでいるのが明らかだからである。 「…ああ、いいよ。でも無理はしないこと。寒くなったらすぐ帰ってくるんだよ。」 「はい」 嬉々としたその笑顔に、女将さんは返す言葉がなかった。
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