10−4

 宿に戻ると、女将さんが自慢の手料理を前にして待っていた。
「随分遅くまで外で遊んでたんだね。一体何してたんだい?」
イウギの帰りを待って少し冷めてしまったことが残念なのだ。示された椅子に座りながら、イウギは答えた。
「うん…川でちょっと。ねえ、女将さん。“たんぞく”拾うための道具って貸してもらえない?」
子供が知るはずのない単語を聞いて、女将さんの眉がひそめられた。横でヤナイが「あ、この馬鹿、そんなの俺に頼めばいいのに」と小声で言っている。
 息子の方に鋭い睨みを利かせてから、彼女は困ったような口調で子供に言った。
「川の中に入ったのかい?寒かっただろう。今の時期は無理だよ。もっと暖かくなってからでないと。」
「駄目なの…?」
「駄目っていうかねぇ…」
「好いじゃねぇか、お袋。こいつのやりたいようにやらせておけば。」
「アンタは黙っとき!」
助勢しようとしたヤナイが、女将さんの一喝で首をすぼめる。イウギは不安げな顔つきになった。
「女将さん…、俺どうしても“たんぞく”集めなきゃいけないんだ。お願い、道具を貸して?」
「弱ったねぇ、またこの子(ヤナイ)が余計な入れ知恵したんだろう?冬に川の中へ入るもんじゃないよ。風邪ひいちまうよ」
「どうしても?」
女将さんは苦り切った顔で唸っている。イウギは嘆息ついた。
 女将さんにその気がないのは明らかだ。道具を貸してもらえない以上、また手作業で探すしかない。
「ごめん…ありがとう。」
そういって、席を辞すと自分の部屋へと上がっていった。
 彼女はその子供の姿を複雑な表情で見送った。それとともに、息子に鋭い視線を投げる。
「アンタが余計なこと言うから!!」
振り上げられた拳から逃げるように、ヤナイが身を引いた。
「それは認めるけど!!でも、“銀朱”探しはあいつの意志だぜ?放って置いたって独りでやるだろう。昨日も今日も川で探してたんだ。」
女将さんは拳を地に降ろした。う〜ん、と腕を組んだまま考え込んでいる。
 ヤナイはこれは脈、アリだと思った。

 翌日イウギが階下に降りてくると、戸口の所に首から掛ける紐の付いた笊(ざる)や篩(ふるい)、スコップなどが置かれていた。イウギは驚いて食堂に駆け込んだ。
「あれ、借りていいの!?」
朝の挨拶も忘れたイウギの第一声に、女将さんは溜息をついた。余程喜んでいるのが明らかだからである。
「…ああ、いいよ。でも無理はしないこと。寒くなったらすぐ帰ってくるんだよ。」
「はい」
嬉々としたその笑顔に、女将さんは返す言葉がなかった。


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