10−2
坂を上がって鉄の門扉の前に立つと、イウギは少々控えめに扉を叩いた。 例のごとく、先生が顔を出すと、イウギは挨拶も忘れて要件を切り出した。 「あの、これ、セルイの治療費です。足りるかわかんないけど、とりあえずこれだけ用意してきました。」 いきなりのことに、面食らった様子の先生はいつも以上に間の抜けた声で応答した。 「ああ…これ、そう。べつに後でもいいのに。治療っていってもまだ快復した訳じゃないし、僕は何もしてないに等しいからね…今受け取っていいのかどうか…」 彼のはっきりしない言葉に、イウギはまた不安になってきた。 「今受け取って!…ください。ちゃんと毎日持ってきますから、だから、それでセルイを治してください!」 慣れない敬語までつかって訴える、イウギの必死な顔を見て医師はぽりぽりと頭を掻いた。 「…そういうことなら、受け取っておくかな。君の気持ちの代金と言うことで。確約は出来ないけど、でもきっと治すよ。僕もこれで意地なんでね。」 表情の伝わりにくい眼鏡の奥で、強い光がゆらりと揺れた。彼は主体性のなさそうな外見をしているが、実は中身は真反対に強情で負けず嫌いなのだ。 医者が無事、お金を受け取ってくれてイウギはほっとした。こんな緊張、セルイにお金を渡して以来だ。お金を受け渡しする高揚と不安。子供は未だにこの感覚に慣れずにいた。 「中に入って彼に会うかい?」 当然そのつもりだろうと、道を開けた医師に、イウギは首を振った。 「今日はいい、また今度にする。」 「そうかい?君に会えた方が彼も喜ぶと思うんだが…」 「…でも、今日はいい。これからすることがあるんだ。」 かたくななこの言葉に、医師は不審な顔をしながらも、そうか、といって扉を閉めた。
イウギはしばらく門の前でたたずんでいた。 会いたくないわけじゃない。ただなんとなく、合わせる顔がないだけだ。彼は俺が自分でお金を稼ぐことに歓心じゃないから。もし彼がそれを知ったらどんな顔をするだろう。きっと止めるだろうし、困惑するんだろう。でも、これは俺の意志なんだ。セルイに恩返ししたい。山の中で見つけてくれて、村まで送っていってもらって、今度は家族を捜してくれると約束してくれた。もし、彼がいなかったら自分はとっくに死んでいた。だから、彼を救う助けになるなら自分はどんなことでもするつもりだ。…もしかしたら彼に嘘を付くことになるのかも知れないけれど。 そう思いながら、イウギは診療所を後にした。行き先には陰鬱な雲が垂れ込めていた。
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