1−6
朝から晩までずっと歩いていた。出来るだけ同じ歩調で、同じ速度で。震動を与えてはいけない。絶対に。 『それを破れば、今背負っているものが一気に崩れてしまう』
青年は身がすくむ思いがした。 先程の戒律のことが、思い出されてきたからだ。…そう、忘れてはいけない。自分がいかに『罪深い存在』であるかを。
「クック」
耳元で笑う声がした。青年はハッとした。今笑ったのは誰であろう。自分を罠にはめて嘲笑する悪魔の声であろうか。
振り向くと、子供は顔を伏せている、その表情は伺えない。
気のせいかと思い直したとき、背負うものが急に冷たく、重くなったような気がした。 彼はぎょっとした。子供の手足はこわばり、肩を握る力はものすごくて痛いくらいだ。
とても、今弱っている病人とは思えない。 青年は意識が遠のく心持ちがした。が、すぐに気を取り直した。
今、私が運んでいるのは、重傷を負い、粗雑な手当を受けて、瀕死になっている小さな病人である。それ以外の何者でもない。私の使命は、この子供を無事に村まで連れて行き、しかるべき処置を受けさせて、生命を絶対安定区域まで保たせることである。 動揺してはいけない、つけ込まれることは分かり切っている。かつての聖人たちが一生をかけてそうであったように。
自分もそうでなくてはならない。自分には使命がある、世界を救うという使命が。そして、この子供を安全に送り届けるのも、また自分に与えられた重大な使命なのである。いや、それは世界を救済することと何ら同じではないのか。ここで、この小さな命さえ救えないようなら、世界など救えるはずがない。青年は奮然として、暗がりの森を歩いた。 惑ってはいけない、暗闇を照らす、自らの灯心に、油を注ぎ続けることを忘れてはいけない。それは、多すぎても少なすぎてもいけない。常に適度に、同じ量だけ注ぎ続けなければならない。
強すぎる炎は他を脅かすし、弱すぎる炎はすぐに闇に飲まれてしまう。
彼は息を深く吸った。清純な大気が肺いっぱいに満たされるのを感じる。弱った灯火が、酸素を得て明るさを取り戻した。
改めて、慎重に歩を進める。幸い、月明かりがつよい。道を外れることはないだろう。
『もう、惑うことはない』
そう思ったとき、眼前に街の明かりが見えた。
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