1−7
限りなく強い光に照らされていた。
少年は真っ白な部屋で目を覚ました。辺りを見回すと、壁も床も、天井も白い。糊の張った敷布も、掛けてある布団でさえも。 こんな奇妙な部屋は今までに、体験したことがなかった。ここまで来ると何か居心地が悪い。
堪らず寝台から下りると、柔らかなスリッパが足にあたった。床がひんやり冷たい上に、自分は裸足だったので、無遠慮にそれを借りる。
部屋を出ると、外は思った以上に広かった。廊下なのだろうが、それにしたって幅が3メートルもある。通常の倍以上だ。
それに部屋数も桁違いである。見渡す限りでは、別の部屋へはいる扉が12個もあった。 しかも、先程の部屋と同じく、ほとんど白を基調として整えられている。唯一白以外の色といえば、両脇の壁に取り付けられた銀色の手すりくらいのものである。 その、わずかな異白色にすがるように、彼はよろよろと廊下を進んだ。
突き当たりまで行くと、今度は下へ延びる階段があった。これも、なにをか況や、白くて広い。少年はだんだん心細くなってきた。自分はこの白亜の迷宮に囚われてしまったのだろうか。これも夢の続きなのだろうか。 手すりにすがるようにその階段を下り、道なりにたどって行くと、やがてひとつだけ開け広げられた扉を見つけた。とりあえず、それを目印にして走った。
スリッパをつけているので、余り足音がしない。ああ、このために履くのか、と走りながら思った。実際、辺りからはほとんど物音を聞かなかった。
目的の扉の前に着くと、中で大人二人の話し声が聞こえた。一人は初老の、もう一人は聞き覚えのある声である。
カーテン越しなのでその姿は見えない。
「もう、大分安心のようですな。」 「ありがとうございます。」 「いや、的確な処置があってのことだよ。しかし、あんな設備もない森の中でよくもまぁ。ほとほと感心しますよ。」 「とんでもないです。」 「わしのすることなど、ほとんど残っておらなかったよ。」
初老の男が、高らかに笑う。その合間に若い男の声が、はぁ、とつぶやいた。 「先生!」
その会話を遮るように、女の声が駆け込んできた。
「どうしたね。」 「209号室の患者さんが、いなくなったんです!」 「えっ!?」
尋ねたのとは、別の方の男が驚きの声をあげた。
「…で、今探しているのだね。」
初老の男の声は、押し出されるように低くなっている。
「ええ、いま婦長と、手の空いているものが…。あああ、出歩いて良いような状態じゃないのに!」
「落ちつきなさい。病服を着た者をここから出すハズがない。出て行ってしまったとしても、必ず守衛から報告があるはずだ。
まだそれがないということは、病院内にいるはずだ。」
「…はい。」
(び・よ・う・いん?)
耳慣れない言葉だった。尤も先程からのこの環境も、見慣れない物ばかりなのだが。 「落ちついて、君は業務に戻りなさい。わしも探しに行くから。」 「あ、私も探します!」
若い男の声が響く。なんだか慌ただしくなってきた。少年は部屋の中に入っていいものかどうか迷った。忙しそうにしているし、自分にかまっている暇など無さそうに思えたからである。 (ここから出すハズがない…)
少年は、この言葉の意味をかみしめた。やはり自分は囚われているのだろうか。この白亜の迷宮に…。 なんだか恐くなってきた。もし、そうならば、自分はここから脱出しなければいけない。夢であろうと、なかろうと。
『逃げて…』 突然、頭の中を女の声が横切った。少年は慄然とする。たいそう悲痛で、しかも懐かしい声である。しかし、誰の声なのか思い出せない。頭の中がぼんやりとする。ただ、少年はその声に逆らってはいけないことを良く知っていた。何故、知っているのかはわからない。
再び彼の頭の中に、激しい混乱が起こり始めた。
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