3−1

 翌朝はよく晴れた。一行は日が高くなる前に宿を出発した。
 出がけにセルイがおかみさんと話しているのをイウギは目にしていた。部屋のキープを頼んでいるところを見ると、イウギを送り届けたあと、またこの街へ戻ってくるつもりらしい。少年はその光景を複雑な気持ちで見ていた。
 自分には帰るべき所はない…おそらく。村の様子を確認したあと、自分はどうするべきだろうか。少年は俄に頭を振った。行かなきゃいけない、確かめなきゃいけない。後のことなど、今は考えている場合ではない。そうでないと…足がすくんで、前へ踏み出せなくなる。
思わず涙が出そうになり、ぐっ、と瞼に力を込める。拳が静かに震えていた。
「大丈夫ですか?」
近くで温柔な声がした。その呼びかけにゆっくりと目を開く。だいじょうぶ、涙はこぼれていない。
「ん、大丈夫。なんでもない。」
必死の面もちで青年の顔を見る。彼の顔はまだ心配そうであったが、それ以上、何も聞いてこなかったのが少年にとっては救いであった。
 小一時間ほど山道を行くと、街全体が見渡せるところに着いた。針葉に囲まれ、しっかり舗装された道路に、整った町並みは美しく人工的であった。子供は素直にその景色に感じ入っているようだ。やはり珍しいのであろう。額の辺りを冷えた風が撫でる。
「この辺りで朝ご飯にしましょうか。」
青年は朝、宿のおかみさんに包んでもらった弁当を取り出した。まだほんのり作り手の温かみが残っている。焼きたてだったパンにチーズやハムをはさみ込むと少年に渡した。少年は躊躇いながらも、それを口に運ぶ。
 ふとみると、青年はパンだけを食しているようだ。その視線に気づくと
「私はこれだけで十分です。」
そんなようなことをいって、笑って片手のパンを振った。


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