18ー11
「違うわね、この状況だと、待ったのは私の方ね」 言って彼女は長椅子から立ち上がり、セルイの方へと歩み出す。セルイは思わず後じさりそうになった。彼女は構わず、腕を組んで青年の数歩手前で止まった。 「傷の具合はどうかしら?」 「えっ、あ・・・おかげさまでこの通り…」 言って、青年がフードの中から白い石膏の足を見せる。彼女は無表情でそれを見据えてから、また彼の顔に視線を戻す。…不機嫌とまで言わないまでも、表情を抑えた彼女の顔から放たれる眼光は、そこに転がる蛍石よりも強いように思われた。 「エレ…、公女殿下、私は…」 何か言いかけてまた口ごもる青年に、公女は眉一つだけひそめ、見切りをつけるように視線を逸らして話し出す。 「…二日も狭苦しいところに閉じこめたことはお詫びするわ。昨日から来客が多くて、貴男を泊められる部屋が他になかったのよ。今少し、家の中があわただしくってね。貴男と会うことも・・・、正直はばかられるの。せっかく城に招いたというのに、まともな歓迎もできなくて、それにきちんとしたお礼も言えずに、ごめんなさいね。」 「そんな…、あやまるのは…!」 「何しろ婚姻前の身なものですから、」 「っえ…!?」 余り予想していなかった言葉に、セルイは目を丸くした。 「ついこの間、縁談を断ったものだから、父上がうるさくってね、もしかして別な男の影があるんじゃないかって、しつこく調べまわっているらしいの。今日も監視を撒くのに苦労したわ。」 「は、はぁ・・・・・・。」 その不愉快さ加減に、彼女は今度は表情を隠そうとしない。 「そんな時期だから、貴男を城に上げたことを変に勘ぐられるのも困ると思って、折も折、交流会なんかが迫っていたし、半分忘れた振りして、一段落ついてから正式に会おうと思っていたのよ。」 「………。」 「貴男もそうでしょ?」 「えっ!?」 「足の怪我が思わしくなくって、数日安静にしていて、大分回復してから謁見って方が、自然な流れになると思わない?」 「は、はぁ・・・まあそうですね。」 「明日も、交流会はあるけれど・・・二日目だし参加は親族に限られているわ。部屋から出歩いても、もう大丈夫でしょう。少し、回復したところを見せてほしいわ。」 「城の中に…?それは、お芝居をしろと…、」 「そこまではいっていないわ、ただ、普通にその姿で出歩いてくれていればいいのよ。そうしたら、父上も変な勘ぐりいれずに納得するでしょう。“そんな体で何ができるわけじゃない”ってことが。」 セルイは押し黙ったままだ。 一方、エレナは歯がゆさを抑えきれないといったように、やや高めの声で小さく叫ぶ。 「ああ…!あなたも、あの子みたいに女装ができれば、こんな面倒なコトしなくて済むのに!」 「え、ええええ?!!女装させて居るんですか!?イウギさんに?」 「別に問題ないでしょ。あの子は私の私室で預かっているわ。あの年齢だし、女の子って事ならばはばかる必要はないでしょ。」 …そうだろうか、そうだろうか?? ちょっと、セルイの頭の中も混乱でぐるぐるしてきた。彼女は自分の正体に気づいていないんだろうか?もっと、責め立てられると思っていたのに・・・。あくまで、この城の中では、単なる旅人として扱うつもりだということだろうか。 「あと二回」 「えっ」 「正式に、貴男と話す機会はあと二回だと思って頂戴。今回のは数に含まないで、私が正式にお礼を述べる時と、貴方が完全に回復してこの城を辞去するときにする挨拶のための謁見と、二回よ。覚えていて頂戴。」 「城を・・・でていいんですか?」 「さあ?その間に貴方が不祥事を起こさなければ、出られるんじゃない普通。」 彼女は向き直って、椅子に置かれていた本と石を拾った。 ・・・・・・彼女の言葉を、どこまで額面通りに受け取ればいいものか。彼女は自分を見逃してくれるつもりだろうか。 しかし、城の中を出歩くというのは…自分の顔をさらすことになる。それをあえてせよというのは、彼女のいう“不祥事”が起こることを視野に入れてのことか。これは何処までが賭なのか。 竹を割ったような性格の彼女が、ここまで核心をついてこないということに、自分は配慮すべきなのか。 そうこうするうちに、エレナはセルイの脇を通り過ぎ、この円形の部屋を出ていこうとする。その彼女に、セルイはせめてこれだけはと思って声をかけた。 「エレナーグさん!貴女は・・・」 彼女が半身だけ、振り向く。
あなたは、狙われています。
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