北の小さな英雄の話

とおいとおいむかし、
(北の果ての小さな王国)
五番目の王様のころ、
小さなインデュースがおりました。
小さなインデュースは妹公女の16番目の息子。
いつまでたっても体が小さいままなので、
みんなに小さなインデュースとよばれていました。
ほかの兄弟たちはみな立派に成長してお嫁をもらったのに、
小さなインデュースには相手がいません。
いつも兄弟たちに馬鹿にされ、
小さなインデュースはまったくいやになってしまいました。
そこで小さなインデュースは外の世界へ旅に出ることにしました。

城を出て、町をでて、国を出て、
吹雪の雪原を100日かけて歩きました。
その間、北の悪魔がずっと後をつけてきました。
「おちびちゃん。おちびちゃん。どこへいくの。」
「ずっと南さ。南へ行って体が小さくても馬鹿にされないところを探すのさ。」
「そりゃあ大変。大変だよ、おちびちゃん。
 だって、お前さんが今、向かってるのは東だからさ。」
「そんなことはないさ。だってまっすぐ南に向かっているもの。」
小さなインデュースは動じません。
吹雪はますます激しくなります。
「ほらほら風が強くなってきた。小さな体がよろよろしてるじゃあないか。」
悪魔はケタケタ笑います。
「おちびちゃん。おちびちゃん。どこへいくのさ。」
「ずっと南さ。南へ行って体が小さくても馬鹿にされないところを探すのさ。」
「そりゃあ大変。大変だよ、おちびちゃん。
 だって、お前さんが今、向かっているのは西だからさ。」
「そんなことはないさ。だって、ずっとまっすぐ南に向かっているもの。」
小さなインデュースはある限りの力を振り絞ってまっすぐ歩きました。
大きな雪がますますゆくてを阻みます。
「ほらほら雪も多くなってきた。前がちっとも見えないじゃあないか。」
悪魔は踊り狂いながらケタケタ笑います。
「おちびちゃん。おちびちゃん。一体どこへいくのさ。」
「ずっと南さ。南へ行って体が小さくても馬鹿にされないところを探すのさ。」
「そりゃあ大変。大変だよ、おちびちゃん。
 だって、お前さんが今、向かっているのは北だからさ。」
「そんなことはないさ。だって、ずっとずっとまっすぐ南に向かっているもの。」
小さなインデュースは自分の心だけを信じつづけて進みました。
…やがて吹雪はやみ、
太陽が雲の間から顔をのぞかせました。
悪魔は暖かさを嫌ってそれ以上ついてきません。
「ちぇ、ちぇ。おもしろくない。
 お前さんなんか、どこへなりともいっちまいな!」
小さなインデュースは顔を上げてまっすぐ進みました。

次に小さなインデュースは高い高い山を50日かけて登りました。
その間、そこここに咲く赤い惑わし花が話しかけてきました。
「おちびさん。おちびさん。
 一体どちらへ行かれるの。」
「南さ。南へ行って体が小さくても馬鹿にされないところを探すのさ。」
「まあ、大変。  だって、この先には険しい山道しかありませんもの。
 そんなことはやめて、ここで一緒にお話ししましょうよ。」
小さなインデュースは花にかまわず先に進みました。
「おちびさん。おちびさん。
 一体どちらへ行かれるの。」
「南さ。南へ行って体が小さくても馬鹿にされないところを探すのさ。」
「まあ、大変。
 だって、この山の向こうには意地の悪い王様が住んでいるんですもの。
 そんなことはやめて、ここで一緒に歌いましょうよ。」
小さなインデュースは花のいうことに耳を貸さず先に進みました。
「おちびさん。おちびさん。
 一体どちらへ行かれるの。」
「南さ。南へ行って体が小さくても馬鹿にされないところを探すのさ。」
「まあ、大変。
 だって、この山の先の向こうには恐ろしい竜が棲んでいるんですもの。
 そんなことはやめて、ここで一緒に暮らしましょうよ。」
小さなインデュースは花に目もくれず先へ進みました。
やがて山のいただき、
煙を吐いているところにたどりつきました。
毒の煙があたりにたちこめ、花はここでは咲くことができません。
「ああいやだ。いやだ。
 わからずやのきかずんぼさん。どこへなりともお行きなさいな!」
小さなインデュースは急な坂をかけるように下りました。

さいごに小さなインデュースは広い広い平原にたどり着きました。
緑の草が生い茂り、
風はさわやかにかけてゆきます。
「なんてすてきなところだろう。」
小さなインデュースは足を止めて景色に見入りました。
するとそこへ白いおおいをかけた駕篭をかついぐ行列が通りかかりました。
「そこをゆく担ぎ手さん。
 このお駕篭はどこへゆくんだい。」
小さなインデュースがたずねますと、
駕篭の担ぎ手は悲しげにこたえました。
「この駕篭は竜の住まう砦へ運ぶのです。
 この駕篭には我が国の姫様が乗っておられるのですよ。」
小さなインデュースは驚いて白いおおいを見つめました。
「一体なぜ姫君をそんなところへ運ぶんだ。」
「王様のご命令なのです。
 竜は姫様をさしだせば、
 この国に悪さをしないと王に約束したのです。」
小さなインデュースは憤然としていいました。
「そんなばかげた約束はまったく守るに値しない。
 悪い竜ならやっつけてしまえばよいのだ。」
その言葉に担ぎ手はおののいて黙ってしまいました。
「勇敢な旅人さん。」
今度は白いおおいの中から声がしました。
「私のことを心配してくれてありがとう。
 でも義父が決めたことですもの。
 私が拒む法はないわ。」
おおいがすっと持ち上がり、
美しい姫君が顔をのぞかせました。
それをみた小さなインデュースは決意の面もちで、
姫に白金の小刀を差し出しました。
「これは守りの剣です。
 これさえあれば竜といえども、
 そうそう貴女に手出しはできないはずです。」
「ありがとう。
 最期にあなたみたいな人に会えてよかったわ。」
行列はそのまま去ってゆきました。

小さなインデュースは空を飛ぶように、
広い野をかけてゆきました。
あっという間に川や畑をすぎ、
大きなお城へとつきました。
小さなインデュースは大変憤って、
王に直訴しました。
「なぜ竜を倒そうとは思わないのですか。
 大事な国の姫君を魔物に渡して、
 口惜しいとは思わないのですか。」
王は嘲笑ってこたえました。
「娘の一人で国が救えるのなら、
 従うのが国主としてのつとめであろう。
 だいたい竜を倒そうなどと、
 だいそれたことをする者は、
 この国にはひとりもおらんわ。」
小さなインデュースは自国の恥を
恥とも思わぬ、その態度に目をみはりました。
「貴男は情けない王だ。
 貴男の国民の誰ひとりとして、
 国のために立とうと思わないのなら、
 私が姫君のために竜を倒そうではないか。」
小さなインデュースに侮辱されて王は玉座から立ち上がりました。
「戯言を申すでない。
 お前のようなこわっぱなど、
 竜に立ち向かう前につぶされてしまうわ。
 下手に竜にてむかって怒らせでもしたら、
 とりかえしがつかんのだ。
 許すわけにはいかん。
 どうしてもというのなら、
 お前の力を示してからゆけ。
 ここより東の海に浮かぶ礁土。
 そのもっとも奥の雷丘にあるという、
 雷霆の剣をもってくるのだ。
 それを見せたら竜の砦にゆくのを許してやろう。」
小さなインデュースは王の傲慢な言に腹を立てながらも、
その話を承服しました。

東の礁海はつねに雷光が飛び交う、
恐ろしいところです。
小さなインデュースは武器もなく、
丸腰でその恐ろしい海を渡りました。
しかし胸のうちには、
この海の雷にも劣らぬ、
信念という剣が輝いていたことを、
忘れてはいけません。
雷は容赦なく小さなインデュースをさいなみ、
小さなインデュースは雷に打たれて、
4回死にました。
しかしそのたびに、
雷撃よりも強い意志によって、
息を吹き返し、
吹きすさぶ風とあれる波とに、
闘いながら先へ進みました。
やがて小高い岩礁が波間から姿を現し、
小さなインデュースはその頂上に立ちました。
しかし、その丘の上には剣も、なにもありません。
小さなインデュースはそこでやっと、
王にたばかられたことに気づきました。
インデュースの激しい怒りとともに、
これまでで一番に大きくて美しい雷が、
丘の上に落ちました。

光のなかで神の「み言葉」をきいた彼は、
五度目の息を吹き返しました。
それは、もはや小さなインデュースではありませんでした。
暗雲立ちこめる空はさっと左右にひらき、
荒れていた海原は嘘のように静まりかえりました。
雷丘に立つ彼のその姿は、
まるで丘に突き刺さる剣のようでした。

大きなインデュースはそのまま城へ向かいました。
城の者はこの立派な青年が誰であるのか、
まったくわかりません。
大きなインデュースは王を呼ばわって、
約束の施行を迫りましたが、
王は全く信じません。
「もしお前があのときのこわっぱだとして、
 約束の剣はどこにある。
 どこにもないではないか。」
しかし大きなインデュースはもう、
王のあだごとには動じません。
なぜならそう、
彼自身がその雷霆の剣であるからです。
大きなインデュースは右の腕を高らかに上げると、
横へと振り払いました。
そのとき城の外で太いいなずまが、
真っ黒な雲間を横に一閃走りました。
王も、城の者も、その様子に、
ひどくおののきました。
「お前が雷霆の剣をもっているとしても、
 もうおそいことだ。
 姫はとっくに竜に食われてしまったことだろうよ。」
しかし大きなインデュースは知っています。
「悪言の王よ。
 信じる信じないはお前の勝手だ。
 許す許さないもお前の勝手だ。
 だが私は自分の言にたがわず、
(たとえ王の方が約束を違えても、自分の方はたがえず)
 かならず姫をお連れすると約束しよう。」
大きなインデュースは竜の砦へと向かいました。

悪竜のすみかは西の岩頸のなかにありました。
マグマただよう焦原に、
大きなインデュースは臆することもなく突き進み、
竜の砦にたどりつきました。
眠る竜の横をすり抜け、
大きなインデュースは姫の姿を探しました。
洞穴の一番奥まったところにひっそりと、
姫はその身を横たえていました。
だいぶ弱っているようでしたが、
守りの剣のおかげでどこにもけがはありません。
大きなインデュースは高らかにのたまいました。
「悪心の王にそそのかされ、
 いくどとなく雷にうたれようとも、
 今貴女の許におれる自分を誇りに思う。」
その声に姫君は目を覚まし、
彼の姿を見て目を見張りました。
「貴方はいつぞやの旅人さん、
 本当にここまできてくれたのね。
 でも逃げた方がいいわ、
 だってあの竜には剣も槍もきかないんですもの。」
たしかに竜は黒光りする堅くて分厚い鱗に覆われ、
いかなる刃物をも通さないようでした。
しかし大きなインデュースは平気でした。
「大丈夫です。
 私にはどんなに固い楯でもうち砕く、
 剣があるのです。」
「それでもだめだわ。
 竜の首はうちおとしてもすぐに生えてくるし、
 あの鱗の中身は、
 蛇やムカデやサソリなどの毒虫でいっぱいなのよ。」
姫君は今にも泣きそうでした。
大きなインデュースは姫の肩をしっかりと抱き、いいました。
「大丈夫、私を信じてください。
 貴女を必ず国許へ送りとどけて見せます。」
大きなインデュースはすっくと立ち上がりました。
姫を抱えて竜の鼻先をすり抜け、
高台へと運んだ後、
岩頸に大きな雷を落としたのです。
塔のような岩は一瞬で砕け、
マグマの海に沈みました。
灰塵が雲のように立ちのぼったと思うとすぐに火がついて、
煙焔があたりをおおいつくしました。
そのとき真っ黒い巨体が上へと跳ね上がったのです。
あの竜でした。
竜は目を真っ赤に染めて、
怒りをあらわにし、
大きな羽をはばたかせています。
大きなインデュースは竜に向かって、
再三、雷を投げつけました。
竜はそのたびにもだえ苦しんで、
炎や硫黄の煙を吐きながら、
ついに焦原に墜落しました。
大きなインデュースはすかさず竜のもとへ駈け寄り、
竜の頭へ自らの剣を突き立てました。
そして竜の脳から神経へと、
強烈な電流を流し、
なかの毒虫を焼きつくしたのでした。

黒々と煙が立ち上る西の地平を目にして、
人々は何か不吉なことを予感したようでした。
城や町は狂乱し、
家を捨てて逃げ出す者もいました。
そんな混乱のなかで戻った大きなインデュースと姫君は、
王に決して暖かく迎えられたわけではありませんでした。
むしろ姫のことは死んだ者としてお認めにならず、
口汚くののしったのでした。
姫は悲嘆に暮れ、城を出ることを余儀なくされます。
そしてせめて、自分と勇敢な若者がいたことの証として、
白金の守りの剣を王に渡したのでした。

二人が国を去ってしばらく、
王はまた悪心をおこし、
兵を集めてこういったのでした。
「先年の禍災で人心は乱れ、国は大いに荒れた。
 それもこれも北からやってきた、
 あの、ならず者の所為である。」
またあの守りの小刀をかざしてこういうのでした。
「その者の故国にはこのような金や銀が豊富にあるという。
 それを手に入れれば国は再び潤い、
 まえ以上の繁栄を享受するだろう。」
憎悪と欲望にかられた1万の兵は、
二人の足取りを追って北へ北へと歩を進めたのでした。

大きなインデュースと姫君は毒の煙に苦しめられながら、
高い高い山を登りました。
いただきについた頃、
下の方から大勢の軍隊の足音が迫ってきていることに気づきます。
大きなインデュースは急いで山の花に話しかけました。
「花や、花や。
 これから大勢の人間がこちらへやってくる。
 話すなり歌うなり好きにするといい。」
花たちはうれしそうにささやきあい、
惑わしの花粉をあたりにまき散らすのでした。

大きなインデュースは姫を抱えて急いで坂を駆け下りて、
狂言の悪魔を呼ばうのでした。
悪魔は渋々姿を現して、以前の無礼を彼に詫びたあと、
彼に絶対の忠誠を誓うのでした。
それというのも彼がすでに神の威光を受けていることを知っているからです。

毒の煙に千の兵が倒れ、
惑わしの花の花粉で3千の兵が山を越えることができず、
雪原の悪魔によって、5千の兵が二度と吹雪から出ること叶いませんでした。
狂妄の王の兵は、もはや元の10分の1にも満たない数に減っていました。
何とか自分の王国にたどりついた大きなインデュースは、
身近に迫る危機を国の人に知らせたのでした。
王国の人々は驚きましたが、
すぐに戦の準備をして敵を迎え撃ちました。
その数は、今の狂王の兵に立ち向かうのに十分な数の兵でした。
戦争に勝利し、英雄として迎えられたインデュースを、
もう「小さい」とののしる人は一人もいませんでした。
彼の探していた「体が小さくても馬鹿にされないところ」が どこだかわかりますか?

彼の故国?

いいえ、彼の姫君の許なのです。


               訳注・このお話は北の小王国に伝わる、
                  国史を童話化したものの訳文です。
                  ( )内は訳者の挿入。

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